ビッグデータ化するスポーツ界
『マネー・ボール』やアソボウズの例を挙げるまでもなく、スポーツとデータは既に切り離せない関係にあると言えるでしょう。打率や出塁率、シュート成功率やリバウンドの奪取率など、様々な数値がテレビの解説やファン同士の会話でも登場します。しかしもはや試合の一部や一場面ではなく、試合中のすべてをデータ化するという時代に突入しているようです。
Fast Company誌のサイトに"Money Ball 2.0"(マネー・ボール2.0)という興味深いタイトルの記事が掲載されているのですが、こちらで紹介されているSportVUという会社の技術がなかなか凄いです。バスケットボールのスタジアムの天井部分に小型カメラを設置し、試合中に選手のプレーを記録。しかも1秒間に25回という頻度で、1試合で約7万2,000枚もの画像を記録するそうです。得られた画像は逐次解析され、各選手が試合中にどこにいたのか、どんな動きをしたのか、いつボールに触れたのかといったあらゆる状況が60秒でデータ化されるとのこと。こうして得られた生データをさらに自動で加工して、ファン向けのコンテンツ(試合結果速報や選手成績データなど)を生成するサービスなども提供しています。
しかし何といってもこうしたデータの利用法は、まだ見出されていない潜在的な必勝法や隠れたスター選手を発掘して、勝利に貢献するという点にあるでしょう。残念ながら(と言うより当然ですが)どんな分析が行われているのかは明かされていませんが、米NBAの所属チーム30のうち、10チームがSportVUのシステムを導入・ホームスタジアムにカメラを設置してデータ収集を行っているとのこと。そしてその10チームのうち、4チームが昨年のプレーオフに進出、うち1チーム(オクラホマシティ・サンダー)がファイナルに進出したそうですから、何らかのプラス効果があったのかもしれませんね。
ともあれ、同様の「試合すべてのデータ化」は他のスポーツでも始まろうとしています。SportVUもバスケットボールだけでなく、サッカーやアメフト向けのソリューションを提供していますし、以前このブログで取り上げたSportvisionという企業は、米メジャーリーグの試合をデータ化するという構想を計画中。いくら「すべてをデータ化する」といっても、多くのスポーツの試合は数時間程度に収まり、プレーが行われるのも一定のフィールド内に限定されています。進化しつつあるビッグデータの処理技術、画像・映像の解析技術、そして様々なセンサー技術を駆使すれば、もはや技術的な問題はクリアされていると言えるでしょう(実際にメジャーリーグのデータ化においては、政治的・感情的な理由の方が推進の妨げになっているそうです)。
こうした完全データ化が普及した時、スポーツはどんな変化を遂げるのでしょうか。恐らくデータがどこまで公開されるのかに左右されると思いますが、面白いことに先ほどのNBAの例では、取り決めにより収集されたデータは全てのチーム関係者に公開されているそうです(つまりシステム導入企業のアドバンテージは「自チームに関しては全試合のデータが取れる」という点のみ)。仮にデータが等しく収集・共有されるようになれば、純粋にデータ分析力がものを言うという世界になるかもしれません。自社で優秀なアナリストを雇えないチームは、かつてのゴールドコープ・チャレンジ(カナダの鉱山会社Goldcorp社が自社所有の鉱山情報を一般公開し、鉱脈の場所を解析してもらうというコンテストを行った事例)のように、試合データを公開してファンに分析を呼びかけるなんて話も――出てきたら面白いことになると思うのですが。
またスポーツジャーナリズムの世界にも大きな変化が訪れるかもしれません。前述のように、簡単な試合速報(何点対何点でどちらのチームが勝ち、シュートが何本だった云々)であれば完全に自動生成できてしまいます。そしてこれも以前ご紹介したことがありますが、データから人間が書いたような試合記事を生成するという技術も進化が進んでいます。こういった技術の場合、「どちら側に肩入れして書くか」「どの程度感情的な文章にするか」といったパラメータ設定も自在に行えるそうですから、巨人対阪神戦のように「同じ試合でも読まれる地域別に内容を書き分けたい」などというニーズにも対応できるでしょう。そうなると人間の記者は、より試合の外のスキャンダルに――もとい、試合の外の選手の姿に迫るという方向へと活路を見出すことになってゆくのかもしれません。
いずれにせよ、こうしたデータ化はスポーツの面白さを損なうのではなく、ファンにとってはより深い楽しみ方ができるような方向へと進化して欲しいところですね。その意味でも、単に資金力のあるチームがよい機器やシステムを導入できて勝つというのではなく、データが等しく収集・公開されてゆくという世界になってゆくことを期待しています。最近さまざまな分野で「データの開放・解放」が唱えられるようになっていますが、その理想的な事例をつくるという点でも、スポーツの世界は最適なのではないでしょうか。
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