【書評】「習慣」は敵か味方か――'The Power of Habit'
今月初めに米国でビッグデータ系のイベントに参加してきたのですが、帰りの空港で'The Power of Habit: Why We Do What We Do in Life and Business'という本が平積みにされているのを発見。たまたま著者のCharles DuhiggさんがNew York Timesに書いた記事がイベントでも話題になっていたので、これも何かの縁ということで購入してみました。そんな偶然の出会いだったのですが、この本、なかなか面白いです。
本書のテーマは、タイトルにある通り「習慣(Habit)」。習慣とは何か、それがどこまで強力に私たち(時には企業や社会といった大きな存在まで)の行動を左右するものか、そして悪い習慣を変えてゆくにはどうすべきなのかを解説してくれる一冊です。著者のDuhiggさんはジャーナリストで、ピュリッツァー賞の最終選考に残った経歴もある人物とのこと。それだけに冒頭の前向性健忘症患者の話など、読み物としても非常に面白い本でした。
日本語で習慣と書いてしまうと、なんだか早寝早起き程度の軽いものに感じられるかもしれませんが、実は非常に大きなパワーを持ったものであることを本書は指摘してくれます。例えば休日、買い物に行こうとお店に向かっていたら、いつの間にか毎日の通勤・通学ルートを歩いていた――などといった経験はないでしょうか。これも習慣の力の1つ。脳は消費エネルギーをできるだけ削減するために、処理を自動化できる部分はどんどん自動化して「習慣」にしてしまうわけですね。だからこそ、お喋りしながらクルマを運転する(もちろん運転に集中しないのは悪いことですよ)といった行動が可能になると。しかし先程の「気付いたらいつもの道を歩いていた」という例のように、時には意志に反する行動を促されてしまう場合もあるわけです。
これが道を間違えた程度の話であれば話は簡単ですが、本書で紹介されている事例にはさらに深刻なものが登場します。間食がやめられない、アルコールがやめられない、気付いたらギャンブルにはまっていた、気付いたら妻を殺していた、などなど――ポテトチップがやめられない僕にとっても心配な話なのですが、それだけのパワーをうまく活用すれば、習慣は行動改善の大きな助けになってくれることも解説されています。
ではどうやって習慣を利用するのか。そのためには、習慣を以下の4つの要素に分けて考えることが必要だと本書は指摘します:
- Cue(合図:習慣化された行動を引き起こすトリガー)
- Routine(ルーチン:習慣化された行動)
- Reward(報酬:ルーチンを行うことで得られるもの)
- Craving(欲求:報酬を得るためにルーチンをしたいと思うこと)
これらの要素が正しく把握できれば、例えば合図が「口が乾燥する」、ルーチンが「ジュースを飲む」で報酬が「乾きが癒される」の場合、糖分の取りすぎを防ぐためには「ジュースではなくお茶にする」といった対策が打てるわけです。この対策が有効なのは、「合図」と「報酬」はそのまま、「ルーチン」だけを変更しているという点。このように変更する要素が少なければ、それだけ習慣変化に成功する確率も高まることが解説されています。
ただ、ある習慣がそれぞれどんな要素によってもたらされるものなのか、実際に判断することは難しい作業とのこと。例えばスプレータイプの消臭剤として日本でもお馴染みのファブリーズですが、当初はまったく売れずにP&Gの担当メンバーは悩んでいたそうです。しかし主婦が掃除の際に行う習慣をつぶさに観察することで、彼女たちの心のなかに「掃除が終わった」という実感が得られるルーチン(例えばベッドメイクの最後にマクラを決まった位置に置くなど)をしたいという欲求が存在していることを発見します。そしてそのルーチンに「ファブリーズを使う」という行為を位置付け、さらに「ファブリーズを使ったのだ」という実感がより得られるように(消臭剤であるにもかかわらず)香りを追加したところ、売上が急増。「臭いを取る製品だから『イヤな臭いが無くなる』という報酬をアピールすれば良いだろう」という単純な発想ではなく、行動の裏側にある本当の報酬や欲求を理解しなければならないわけですね。
もちろん全ての行動の成功や失敗を、習慣という1つの要素に紐付けることは難しいでしょう。その点では、本書は本としての分かりやすさを優先させ、習慣以外の要素をないがしろにしている部分が無いとはいえません。しかし思ってもみなかった行動が習慣によって引き起こされている可能性、そしてそれを逆手に取って行動を変えられる可能性を意識してみることは、困ったときに頼れるツールを1つ増やすという点で有意義ではないかと感じています。前述の通り、単純に読み物としても面白い一冊ですので、ご興味があればぜひ。
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ちなみになぜビッグデータのイベントで話題になっていたのか?という点ですが、彼の書いた記事に米小売チェーンTarget社のデータ活用事例が出てくるんですね(実は本書でもこの事例について大きく取り上げられています)。その事例というのがなかなか考えさせられるのですが、Target社が顧客の購買行動を分析し、「女性の顧客が妊娠しているかどうか」「出産予定日はいつか」といったかなりセンシティブな情報を割り出すことに成功したのだそうです。そして妊娠した女性に向けて育児用品のクーポンを送付したところ、ティーンエイジャーの女の子の父親がそれを発見して騒動に――というケースが発生していたとのこと。「習慣」とはそれほど関係の無い事例なのですが、これはこれで深掘りして欲しいところです。
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