【書評】"Adapt: Why Success Always Starts with Failure"
ちょっと夏休みをいただいて、暖かい場所で骨休めしてまいりました。しかし何もしないのも何となく気持ちが悪い……という貧乏性で読み進めていたのがこの本です。
ティム・ハーフォードといえば、日本でも著書(『人は意外に合理的』と『まっとうな経済学』)が翻訳されて人気を得ていますが、その彼の新刊が"Adapt: Why Success Always Starts with Failure"。現代社会の複雑さと変化の速さを考えた場合、すべてを計画し尽くしてトップダウンで事を進めるよりも、現場でのトライ&エラーを繰り返して状況に対応(adapt)する方が望ましいのではないか、という主張をまとめた本です。さらに上手く"adapt"するためにはどうすれば良いか、具体的には「うまく失敗を重ねること」が必要であるとして、その方法を様々な事例を基に考察しています。
There are three essential steps to using the principles of adapting in business and everyday life, and they are in essence the Palchinsky principles. First, try new things, expecting that some will fail. Second, make failure survivable: create safe spaces for failure or move forward in small steps. As we saw with banks and cities, the trick here is finding the right scale in which to experiment: significant enough to make a difference, but not such a gamble that you’re ruined if it fails. And third, make sure you know when you’ve failed, or you will never learn.
「アダプト」の原理をビジネスや日常生活に役立てるには、3つの基本ステップが必要となる。実質的にこのステップは、パルチンスキー(※本書の冒頭で取り上げられている人物で、20世紀初頭のロシアで様々な研究成果を残した人物)の原理と同じものだ。第1に、何か新しい取り組みを複数実行する。その中のいくつかは失敗すると覚悟しておくこと。第2に、失敗しても大きな問題にならないようにしておく。失敗用の安全地帯を用意したり、いきなり大きな行動を取るのではなく小さなステップで進むといった具合だ。前述のように、ここで重要なのはどのくらいのスケールで実験を行うかという点だ。変化を起こすのに十分な大きさである必要があるが、あまり大きすぎて身の破滅を招いてしまってもいけない。そして第3に、失敗した時にはそれが分かるようにしておくこと。でなければ、失敗から学ぶことはできない。
第3の「失敗を失敗だと認識し、そこから学べるようにしておくこと」という点は個人的に最も重要だと感じた部分なのですが、それを象徴するものとして、こんな言葉も紹介されています:
Owen Barder concludes that if development aid is to adapt and evolve, 'We should not try to design a better world. We should make better feedback loops.'
オーウェン・バーダー(※同じく本書で取り上げられている人物で、開発問題の専門家)は、開発援助を現地の実態に合わせ、発展させるようにしたければ、「良い世界をデザインしようとするのではなく、良いフィードバック・ループを構築しなければならない」と結論づけている。
とここまで聞いて、最近同じような本があったような……と感じられた方、こちらではないでしょうか?
■ 【書評】"Little Bets: How breakthrough ideas emerge from small discoveries"
そう、まさに"Little Bets"が提唱する「小さな賭けを積み重ねることでブレイクスルーを達成する」という方法は、"Adapt"でも形を変えて登場します。イラクやアフガニスタンにおける米軍の事例(掴み所のない反乱者にどう立ち向かうか)が紹介されているという点も一緒。どちらかが未読だという方は、もう一方も読むとLittle Bets/Adapt手法をより深く理解できるかもしれません。特にそれぞれの本で紹介・分析されている様々な事例を読むことは、単に「トライ&エラーって重要だよ!」と言われるより多くの気づきを与えてくれるので、両方に目を通しても決して時間の無駄ではないと思います。
ただ"Little Bets"の書評でも書きましたが、こうしたトライ&エラー型の手法については、既に会社で実践しているよという方も多いのではないでしょうか。Googleの20%ルールに代表されるように、社員に一定の自由裁量と「失敗はノーカン」な環境を与えることで、社内の活性化や新しいアイデアの登場を促すという試みを行っている会社は少なくありません。ただその一方で、従来型のトップダウン・きっちり3カ年計画型のプロセスにがんじがらめになっている、という方も多いでしょう。社内ベンチャー的な制度がありながら、一度失敗すれば会社でのキャリアが終わる……なんて話も珍しくないですしね。その意味では、部下たちに「本当の意味での」成功を実現してもらいたいと考えているリーダーや管理者の人々に、本書を読んでもらいたいと思います。
とはいえ、もちろんどんな人が読んでも得るものが多い本だと思いますよ。特に最後の第8章は「個人レベルでアダプトを実践するには」というテーマで書かれているのですが、ちゃんと失敗を直視しよう!等々の耳の痛い話が(笑)。そう、失敗を本当に失敗にしてしまうか否かは、その後で自分を「アダプト」できるかどうかにかかっているんですよね。
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