【書評】『ウィキリークス WikiLeaks アサンジの戦争』
いま書店に行くと、IT系の棚に2種類のコーナーが設置されているの目にする可能性が高いのではないでしょうか。1つは言わずと知れたFacebook、そしてもう1つは――そう、ウィキリークス(WikiLeaks)ですね。ウィキリークスについては非常に興味があったので、どれか関連本を読もうと思っていたのですが、あっという間に増えてしまったために選ぶことができず。どうしようかなーと迷っていたのですが、たまたま別件で講談社翻訳グループ(@Kodanshahonyaku)さんから『ウィキリークス WikiLeaks アサンジの戦争』について言及があり、ちょうど良い機会だったので読んでみることにしました。
本書がテーマとするのはもちろんウィキリークスなのですが、2009年にブラッドリー・マニング上等兵が米連邦政府の国家機密を入手し、ジュリアン・アサンジに譲渡、それをアサンジが欧米各国の報道機関と協働して編集、ニュース配信と同時にウィキリークス上で公開して世界の度肝を抜き、さらにアサンジ自身が逮捕されるというごく最近の状況まで(何とチュニジアのジャスミン革命にも触れられています)がストーリー仕立てで描かれています。その二転三転する状況が非常に面白く、下手なサスペンス小説よりずっとハラハラさせられました。映画にしたらさぞかし面白くなるだろう……と思って読み進めていたら、何と映画『ボーン・アルティメイタム』のポール・グリーングラス監督にアサンジの半生を映画化しないかという話が持ちかけられているとのこと。あまり面白がってはいけないのですが、本書を読んでみれば(さらに『ボーン・アルティメイタム』を観れば!)、映画化が実現されて欲しいという気持ちがお分かりいただけることでしょう。
そしてもう1つ、本書を読んだ後に、ある単語が心に残るはずです。実は先ほどさらりと書いてしまいましたが、マニング上等兵が入手した情報、特にトータルで約25万件にも上る公電をウィキリークスで公開する際、アサンジは5つの著名な新聞――ガーディアン・ニューヨークタイムズ・シュピーゲル・ルモンド・エルパイスの5紙に事前に情報を渡し、裏付け作業を行わせています。しかし件数が膨大な上に、機密情報という性質上ネットワークにつながった大型コンピュータ上に置くわけにもいかず、少数の経験豊かなジャーナリストと即興で作成されたデータ解析用プログラムという組み合わせで分析が進められることになりました。この行動を象徴する言葉が「データジャーナリズム」です:
要となったオンラインの専門家は「ガーディアン」のデータ部門責任者であるサイモン・ロジャースだ。「スプレッドシートはお手のもんだろ?」と訊ねられたロジャースだが、「こいつは恐ろしく厄介なシートだよ」と答えた。ひとしきりデータに取り組んだのちには次のような感想を漏らしている。
「インターネットがジャーナリズムを食いつぶすと言われることがあるが、ウィキリークスの記事は"両者の融合"だった。伝統的なジャーナリズムの技とテクノロジーの力、その両方を使って、驚くべき記事を世に送り出す。将来、データジャーナリズムは目新しい驚くべきものではなくなるかもしれないが、今のところは革命的だ。世界は変わった。変えたのはデータだ」
本書を書いたのはガーディアン紙の取材チームですので、従来型マスメディアの力を過大評価しているのではという批判は確かに可能でしょう。しかし本書の至る所で紹介されている、情報技術を駆使したデータ解析の力と、いわゆる「ジャーナリスト」達がそのスキルで真実に迫ろうとする姿は、これこそがいまの時代に求められるジャーナリズムのあり方=データジャーナリズムであるという議論に説得力を与えるものです。実際、仮に単なる一次情報がウェブサイト上で公開されただけだったら、これほどのインパクトを世界に与えることができたでしょうか?大学などで一次情報を精査して論文を書くという経験をされたことがある方なら、データを知識に換えることの難しさがよく分かるはずです。
最近、海外のジャーナリズム系の専門サイト/ブログを見ていると、盛んに「ジャーナリストとプログラマーの融合」という議論が行われています(ただプログラマーといっても、本格的にコーディングをすることを念頭に置いたものから、単に解析ツールを使いこなすスキルを身につけるものまで、意図する内容は様々ですが)。アイデアとしては数年前から見られるものですが、現在盛り上がりを見せているのは、ウィキリークスの一連の行動がそれを刺激している側面もあるのではないでしょうか。「ウィキリークスはジャーナリズムなのか?」という問いかけは日本でも活発に行われていますが、「ウィキリークス型の情報流出とジャーナリズムはどのように融合され得るのか?」という視点から考える上で、本書はまたとないケーススタディを提供してくれていると思います。
本書のエピローグによれば、今回の流出した公電関係のファイルの総文章量は約3億ワードだったのに対し、かの有名な「ペンタゴン・ペーパーズ」は250万ワードだったとのこと。約40年の時を経て、リークのスケールも100倍以上になっているわけですね。機密情報に限らず、あらゆる情報がデジタル化され、そして爆発的に増加する時代――前述のサイモン・ロジャースの言う「データジャーナリズムが目新しい驚くべきものではなくなる日」は、意外と早くやってくるかもしれません。
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