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「ライトタイムウェブ」の再評価

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昨年末に『リアルタイムウェブ-「なう」の時代』を書いていた際に、1つ困ったことがありました。それは「リアルタイムウェブ」ではないウェブ、つまりこれまでのウェブをどう呼ぶか?という点です。情報の流れ方という点では、プッシュ/プル、あるいはフロー/ストックといった対になる概念があるのですが、肝心の総称の面で「リアルタイムウェブ」と対比できる言葉がありません。単に「ウェブ」と呼んでしまうとリアルタイムウェブとの区別が難しくなってしまうため、表現を工夫するのに苦労しました。

ただし実は1つだけ、「これは良い」と感じた呼称があります。それがこのエントリのタイトルにも入れた「ライトタイムウェブ」という表現。ライトはもちろん「光(light)」ではなくて、「適切な(right)」の方ですね。つまりリアルタイムウェブがいまの情報を伝えてくれるものであるのに対して、ライトタイムウェブはユーザーが必要としている情報を、ユーザーが望んだタイミングで与えてくれるもの。まさしく個々のサイトと検索エンジンの組み合わせによって実現される、これまでのウェブのイメージです。

それでは「ライトタイムウェブ」は、リアルタイムウェブ時代には価値を失ってしまうものなのでしょうか?もちろんそんなことはなく、"right"という単語が示しているように、リアルタイムウェブとはまた違った形で私たちに有益な情報を届けてくれることでしょう。この点について、シックスアパート社のAnil Dash氏が示唆に富んだエントリを書かれています:

If You Didn't Blog It, It Didn't Happen (Anil Dash)

実は先日ご紹介した、Oliver Thompson氏のエントリの中でDash氏の言葉が引用されていたのですが、このエントリはそれを受けて書かれたもの。ちなみにその際に引用されていた言葉というのがこちら:

ブロガーのAnil Dashはこう説明する。「小さなネタはTwitterに回すようにして、何か大きな話がある時だけブログを書くようになったのさ。」読者もこの傾向を支持しているようだ。ある調査によると、いま人気のブログは長文の記事を掲載するものであり、1記事平均の単語数は1,600語となっている。

で、彼はこの言葉を補足して、ブログを書こうとするのはどのような場合かを解説しています。曰く:

Now, while I'd like to self-servingly pretend that everything I say here is "big" in the sense of being important, really what I meant is that some ideas are just bigger than 140 characters. In fact, most good ideas are. More importantly, our ideas often need to gain traction and meaning over time. Blog posts often age into something more substantial than they are at their conception, through the weight of time and perspective and response.

And blogs afford that sort of maturation of an idea uniquely well amongst online media, due to their use of the permalink (permanent link), which gives each idea a place to live and thrive. While Facebook and Twitter nominally provide permalinks as well, the truth is that individual ideas in those flow-based media don't have enough substance for a meaningful conversation to accrete around them.

私がここ(引用された文章)で言いたかったのは、「大きな」というのは「重要な」という意味だけでなく、アイデアの中には140字では表現できないものもあるということである。事実、良いアイデアの大部分がそうだろう。さらに重要なのは、アイデアの多くは時間をかけて醸成されなければならないという点だ。ブログの世界では、ある記事が時間をかけて評価や反応が行われることで、それが書かれた時点よりも重要性を増すということがしばしば起こる。

またブログはオンラインメディアの中でもユニークな形で、アイデアを熟成させることができる。それはパーマリンクの存在により、アイデアが生き残る場所を与えることができるからだ。フェイスブックやツイッターにもパーマリンクは存在しているが、現実にはフローを基盤としたメディアは、アイデアを発展させるような有意義な会話を十分に提供することは難しい。

Dash氏の立場を考えれば、この発言はポジショントークだと一蹴することもできるかもしれません。しかし確かに良いアイデアは短時間のディスカッションで生まれるものばかりではなく、長い時間をかけてゆっくりと生まれてくるものもあります。以前ご紹介した、イノベーションを生み出すために必要な環境を考察した本"Where Good Ideas Come From"では、"slow hunch"(ゆっくりと生まれてくる直感)という言葉を使い、「時間をかけてアイデアを熟成すること」の重要性について論じられています。

また彼の主張は、リアルタイムウェブが登場した世界において、ライトタイムウェブがどのような価値を持ち得るかを示すものではないでしょうか。なぜブログが「アイデアの熟成」に効果的なのかという点について、Dash氏は次のように分析します:

Here's the important thing: The only reason I was able to synthesize those few perspectives isbecause they were blogged. Certainly, Twitter helped bring those ideas to my attention, and Facebook or any other stream-based service could have played that role as well. But because these points were raised by people I don't always read immediately, the persistence and permanence of their words, as uniquely provided by blogging, is what made it possible for a pattern to emerge.

重要なのは、私がこの記事の中で様々な意見を組み合わせることができたのも、それがブログに書かれていたおかげだという点である。確かにツイッターは、私がこれらの意見に気付くことを助けてくれたし、フェイスブックなど他のストリーム系サービスも同じ役割を果たしてくれた。しかし声を上げたのは、私が常にチェックしている人々ばかりではない。私が彼らの言葉がウェブ上に残っていてくれたこと――これはブログが提供してくれる価値だ――によって、考察を導き出すことができたのである。

確かにツイッターなどリアルタイム系のサービスは、瞬時に人々をつなげることができますが、その効果はごく短時間しか持続しません。それも当然と言えば当然のことで、リアルタイムウェブは文字通り「いま」を伝えるメディアですから、過去の情報が沈殿するようなデザインがされていては本質と矛盾してしまいます。しかしDash氏が指摘するように、たまたまその場にいなかった場合でも、自分にとって都合の良いタイミングで有益な情報に接することができるという点――まさしく「ライトタイム」性が、リアルタイムウェブとの対比によって明確になった、従来型ウェブの価値の1つと言うことができるでしょう。

そしてDash氏は、「ブログされないものは、存在しなかったことになってしまう」という言い回しを通じて、「大事だと思う意見は意識的にブログしておこう」と呼びかけています。この点は意地悪な見方をすれば、彼がシックスアパートの関係者だから出てきた意見であり、ブログ以外にも様々なライトタイムウェブ系ツールが役立ってくれるはずですよね。ご存じの通り、トゥギャッターに代表されるような「フロー情報をストック情報として保存/再構成するツール」というものが最近続々と登場してきています。こうしたツールを利用して、リアルタイムウェブとライトタイムウェブの間で自由に情報を出し入れし、双方から価値を得ること。それがこれからの時代に求められる行動なのかもしれません。

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