Twitter リスト機能の危険性はどこから来るのか?
リスト機能の話題が続いてしまいますが、一般公開されたことで、改めてプライバシー侵害の可能性が指摘されるようになってきています。例えば:
■ Twitterのリスト機能にみるソーシャルプライバシー課題(とお知らせ) (渡辺聡・情報化社会の航海図)
プライバシー情報の漏えいの観点からすると、例えば、Listedのところで「ex**会社」「エンジニア」「子育てパパ」「文京区仲間」というような趣旨リストテーマタイトルがつけられている場合、職業や家族構成、年収などといったところが概ね分かる。これくらい分かれば、一式まとめてのスパムやDMを送るには十分だろう(もちろん、DMを送るにはアドレス情報を合わせて獲得する必要があるが)。そして、リストタイトルが珍しいグルーピングの場合、なんらかのマスターデータベースと付き合わせると、絞り込み条件からほぼ個人特定が出来てしまったりということもありうる。という展開になると、いわゆるプライバシー情報の漏えいというところから、個人情報保護法でいう個人の特定というところにまで進んでしまうこととなる。
この点については、以前このブログでも触れたことがありましたが(Twitter のリスト機能――プラスかマイナスか?)、要はリストが個人属性を示す「タグ」のように機能してしまうわけですね。しかもそのタグは他人が勝手につけるもので、自分でコントロールすることはできないと(ただしリスト作成者をブロックすればリストから外れることが可能)。まだリスト機能まわりのインターフェースが悪いので、「リストから個人を特定する」という可能性は低いのですが、恐らくこれまでと同様に外部サービスによって機能進化が進んでいくことでしょう(実際、既にリスト検索エンジンが登場しています)。そうなれば、リスト機能によるプライバシー侵害が現実味を帯びていくことになるはずです。
しかし、以前僕がこの可能性について書いたとき、「ネット上に情報をさらしている方に原因があるのでは」というご指摘をいただきました。確かに僕を例に取ってみると、個人名と所属企業を明らかにして、日々ブログや Twitter で様々なことを書き込んでいます。仮に僕が「Twitter 上では所属企業を明らかにさせないでくれ」と言ったとしても、「なら Twitter で個人特定できないようにしておけばいいじゃないか」と言われるのが関の山でしょう。リスト機能がなかったとしても、過去のログをまとめれば個人属性を明らかにするのは可能ですから、リスト機能は単に属性の可視化を容易にする程度であり、危険性の本質は「不用意に個人情報をネット上で公開すること」にあるのかもしれません。
さらにこういう視点はどうでしょうか。そもそもなぜ個人属性が分かるようになるのが問題なのか――既にユーザーをグルーピングするウェブサービスなんて無数にあるし、なぜ Twitter で騒ぎになるのか?という問題です。この点については、先日もご紹介した津田大介さんの本『Twitter社会論』の一部を引用してみましょう。津田さんは Twitter の特徴の5番目として、こんな指摘をされています:
5. 属人性が強い
ここまで挙げてきたような特徴がツイッターにもたらしたものは何か。それは「ツイッターは強力に個人に紐付いたサービスであり、属人性が強いサービスである」ということだ。リアルタイムにその人の行動や思考が把握でき、強い伝播力と柔軟な情報受発信環境によってユニークな行動や思考が多くのユーザーに広まっていく。これが個人による情報発信の価値をかつてないほど高めているのだ。
いわゆるライフログと位置づけられるようなサービスは、本質的に使い手の行動や思考パターンを明らかにすることとなります。それは Twitter も同じ。従って、そこで個人属性が可視化されてしまうことの危険性が、他のサービスよりも高まっているのではないでしょうか。つまり Twitter、あるいはライフログというサービス自体に危険性があるのであり、リスト機能はたまたまそこを掘り当ててしまったと考えられるでしょう。
リスト機能が問題なのか、使い手の意識の問題なのか、はたまたライフログという存在自体が危険性を内包しているのか。思いつくままに書いてしまいましたが、1つだけ確かなことは、仮に今回のリスト機能(あるいは Twitter そのもの)が無くなったとしても、同じような問題は繰り返されるだろうという点でしょう。リスト機能がどのような顛末をたどるのか(あるいはさほど大きな問題にはならないまま続くのか)を追うことは、ネット時代のプライバシーを考える上での貴重なケーススタディになると思います。
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