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デザインで新聞を救った男の話

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新聞を救う。この不可能とも思える課題に対して、1つの答えを出した男がいます。その男の名はジャチャック・ウツコ(Jacek Utko)。彼が TED で講演した様子がネットで公開され、さらに日本語字幕も追加されました。先月から話題になっていた動画ですが、未見の方は是非:

ジャチェック・ウツコは問う「デザインは新聞を救えるか?」 (TED.com)

ジャチェック・ウツコは、東ヨーロッパの新聞をリデザインすることで数多くの賞を受賞するだけでなく、購読数を100%まで回復させたポーランドの新聞デザイナーです。良いデザインは新聞を救うことができるのでしょうか?できるのかもしれません。

アジャイルメディアの坂和さんに教えていただいたのですが(ありがとうございます!)、話題になるのが十分納得できる面白い講演です。TED は YouTube でも動画を公開していますので、蛇足気味に貼っておきましょう(こちらは残念ながら日本語字幕なしのバージョン):

さて、ジェチャックはいったいどんな方法で新聞を救ったのか。要約で既に答えが書かれていますが、彼が行ったのはデザインを一新することでした。その結果、東欧各地で購読数を伸ばすことに成功し、なかでもブルガリアでは100%増を達成したとのこと。デザインを変えただけでそんなことができるのか?と思われるかもしれませんが、プレゼンの中で紹介されるサンプルを見ていると、確かに大胆な改革がなされていることが分かります(決して某国のように「フォントを大きくしました!」レベルの話ではありません)。新聞というよりもデザイン系雑誌のようなイメージになっていて、手にとって読んでみたいという気にさせられるでしょう。

さて、それじゃあ日本もどっかの有名デザイナーを連れてきて、紙面一新させればすべて解決するのかというと、それほど簡単な話ではないと思います。ジャチェックが成功したのはあくまでも東欧という環境においてであって、彼のデザインをそのまま日本に持ち込んでも上手くいかないでしょう(もちろん話題になるとは思いますが)。しかし私たちが参考にすべきは、彼が問題に取り組むにあたって示した態度ではないでしょうか:

Did design do this? Design was just a part of the process. And the process we made was not about changing the look, it was about improving the product completely. I took an architectural rule about function and form and translated it into newspaper content and design. And I put a strategy at the top of it. So first you ask a big question: why we do it? What is the goal? Then we adjust the content accordingly. And then, usually after two months, we start designing.

デザインが成功をもたらしたのでしょうか?いや、デザインはプロセス全体の一部分に過ぎません。そして私たちが行ったプロセスとは見かけを変えることではなく、新聞というプロダクト全体を改善することだったのです。私は機能と形状に関する建築学上のルールを、新聞のコンテンツとデザインに対して適用しました。そしてその上に、戦略を置いたのです。何かを始めるにあたっては、根本的な問いかけを行わなくてはなりません。なぜ私たちはそれをするのか?ゴールは何か?その答えに従って、私たちはコンテンツを修正していきます。それから、大抵は2ヶ月ぐらい後になりますが、デザインに取りかかります。

ジャチェックの行ったことはデザインというより、新聞という商品の再構築に近かったのだと思います。彼自身「私のやり方は利己的だった」「上司は私のやり方に驚く」と述べている通り、普通のデザイナーに求められる作業の範疇を超えていたのでしょう。しかし「新聞とは何をするものか」という根本的な問題に立ち返り、機能に求められる形状を追求したことで、購読部数アップという結果がもたらされたのだと思います。それこそ、彼の行動から学ぶべきことではないでしょうか。

では旧態依然とした日本の新聞社には無理な話かというと、僕はそうも思いません。以前から取り上げていますが、朝日新聞の新紙面「GLOBE」はデザインという点でも革新的ですし、1つのテーマを質量共に深く掘り下げるという手法が新鮮に感じられます(どちらかと言うと雑誌に近い感覚かもしれません)。また同じく朝日新聞は Twitter に公式アカウントを開設するなど、新しいことに取り組んでいこうという姿勢が見られます。日本にジャチェックが登場する日も夢ではないのではないか、と期待も込めて述べておこうと思います。

おしまいに、ジャチェックのスピーチで締めの言葉に使われていたフレーズをどうぞ:

You can live in a small poor country, like me. You can work for a small company, in a boring branch. You can have no budgets, no people -- but still can put your work to the highest possible level. And everybody can do it. You just need inspiration, vision and determination. And you need to remember that to be good is not enough.

Thank you.

私のように、小さくて貧しい国に住み、小さい会社のつまらない部門で働くこともあるでしょう。予算はなく、人も足らず……それでも自分の仕事を、可能な限り最高のレベルに持っていくことは可能なのです。それは誰にも出来るのです。必要なのはひらめきとビジョン、そして固い意志です。そして「良い」では十分でないということを覚えておかなければなりません。

ありがとうございました。

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