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村上春樹の最新作『1Q84』を読んでみた

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販売前から増刷を重ねたという、村上春樹氏の最新作『1Q84』がついに発売されました(発売日時点で4刷68万部とのこと)。たまたま発売日に手に入れることができたので、週末を使って読んでみた次第です。

村上春樹氏の新作『1Q84』、発売前の段階でベストセラー (AFPBB News)

核心部分でのネタバレはしないつもりですが、印象からおおまかなストーリー(ハッピーエンドかバッドエンドか、など)が分かってしまうかもしれませんので、完全に新鮮な気持ちで読みたいという方はこの先を読み進めないで下さい。

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普通ならばここで、あらすじは……と始めたところでしょう。しかしこの本については、ストーリーを云々するのは適切ではないような気持ちになっています。もちろん『1Q84』は小説であり、主人公たちがいて(青豆と天吾の2人)、彼らが織りなすストーリーが存在します。舞台は東京であり、中つ国のような仮想の土地ではありません。ところがそのストーリーは現実離れしていて、いくつか出来すぎたところもあり、中には荒唐無稽であると感じる方もいらっしゃるでしょう。しかもいくつかの重要な複線は、結局何の説明もないまま……物語という観点から言えば、本書より良くできた小説はいくつも存在します。

しかし重要なのは、物語という口実を経てそこに描かれる様々な心境です。忘れようとしても忘れられない想い出。あのときああしていれば良かった、という後悔。誰かを強く想う気持ち。フィクションであるが故に、それらは拡張され誇大にされて読者に投げかけられますが、中核にあるものはどんな人にも避けて通ることのできない心境でしょう。さらにそれらはファンタジーの世界を通して提供されるにもかかわらず、主人公たちがそこに実在して、悩みや苦しみを抱えながら生きていることにまぎれもないリアリティを感じました。本当はここでそのいくつかを紹介してしまいたいのですが、無粋なことは控えておくようにしたいと思います。それに作品の一部を切り取ってしまえば、僕が感じたようなリアリティはたちまち失われてしまうはずですから。

ただそれだけに、作品のエンディングには納得がいきません(納得がいかないだけで、決してクオリティが低いと言いたいわけではないということだけご理解下さい)。仮にストーリーがただの触媒だったとしても、読者は読み進めることで主人公たちと苦楽を共にするわけですから、彼らの悩みや苦しみに一定の答えが与えられなければ、それがずっと続いてしまうように感じられるでしょう。たとえ読者の、というより君のエゴだよと言われようと、彼らに答えを与えて欲しかったと感じています(ただし詳しくは言えませんが、ある面においてはこの「答え」は与えられています。僕が言いたかったのは、全ての面において結末が与えられているわけではない、という点です)。

 

いや、そんなことをする作家なら、発売前から4刷までいくはずもないということはもちろん分かっているのですが。そして全てに納得のいく答えが得れる作品など、ハリウッド超大作しかないことも分かっているのですが。それでも読後にすっきりしないものを感じ、引きずってしまうということは、それだけ主人公たちに自分の心境を投影してしまったということかもしれません。決して万人受けする作品ではないと思いますが、貴重な土日の時間を潰してまでも一気読みする価値はあった、と感じています。うーん、これは奥さんにも早く読んでもらって、納得いくまでディスカッションするしかないな。 

……と、『1Q84』を紹介しつつ、村上氏の作品という点ではこちらを忘れて欲しくないところです:

村上氏の変態性(?)がよく現れた一冊ですよ。

【○年前の今日の記事】

カーナビの「失敗」は判断ミスだったのか (2008年6月1日)
ケータイは2.0になれるのか? (2007年6月1日)
「顧客の声」を無視する (2006年6月1日)

< 追記 >

読み終えた方は、こちらの書評を読まれると面白いかも:

『1Q84』はBOOK2で完結したのか (高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい)

『1Q84』に関係していると思われる作品などへの言及があります。またこれは他の書評等でも囁かれていますが、『1Q84』は今回発表された2巻で終わったわけではなく、今後続編が出るのではないかと噂されているようですね(「上下巻」と銘打たれていないのがその証拠の1つとか)。続編が出版されるとして、そこで「大きくて力強い解」が登場するのかどうか。それが示されれば、僕が上で書いたような「納得できない」という気持ちが収まるかもという期待を感じますが、一方で作品の価値を損ねてしまうかもしれないという怖さも感じます。ともあれ、この作品が(村上春樹氏自身の手によるものでなくても)今後様々な余韻を生んでいくのは確かだと思います。

< 追記2 >

作品中、キーファクターとして度々登場する、ヤナーチェクの『シンフォニエッタ』。どんな曲か聴いてみたいなぁと思っていたら、ブログ「Not Found」さんで YouTube が紹介されていました。ホント、こういう時に YouTube は便利ですね:

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