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『テレビ番外地』のイノベーション

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新潮新書『テレビ番外地―東京12チャンネルの奇跡』を読了。タイトルの通り、「テレビ番外地」こと東京12チャンネル(テレビ東京)が歩んできた道のりについて、常務取締役を務めた石光勝さんが思い出を語るという内容です。いわゆる業界裏話的な本なのですが、テレ東ならではのユニークな裏側がのぞける、なかなか面白い一冊でした。

テレビ東京といえば「大事件が起きても編成を変えない」と揶揄されるほど、独立独歩の姿勢を明確にしているのはご存知の通り。しかしそれは熟考の上に採用された戦略ではなく、後発の弱小テレビ局が強いられた「やむにやまれぬ路線」であったことを、本書は様々な例を通して解説してくれます。

例えばもうすぐ正月ですが、テレ東の正月と言えば「12時間ドラマ」が頭に浮かぶ方も多いでしょう。子供の頃から「思い切ったことをするなぁ」と感じていたのですが、12時間ドラマが生まれた背景として、こんな解説がなされています:

そんな“番外地”編成のなかでも代表的なものといえば、なんといっても12時間ドラマでしょう。正月三が日のまるまる半日を1本のドラマで埋めてしまう。そんな無謀なことは、定番番組を目いっぱい抱えた他局では、絶対にできない相談だからです。

(中略)

この12時間ドラマ、現在は10時間になっていますが、正月番組のご存知ものとして多くのファンを掴んでいます。でも、始めた当初はそんな大掛かりなものではありませんでした。むしろ予算が無いことから生まれた奇策でもあったのです。

きっかけは、79年の年末年始の編成案に、仲代達夫さん主演の映画「人間の条件」が夕方4時台の枠に、5日間にわたってベルト編成されていることでした。

営業局の部長としてセールス戦略をたてる仕事をしていた私は、いちばん売りにくい夕方の時間帯で、5日連続の映画番組を売るなんてとても無理だと思い、部会でみんなの意見をききました。その席で、部員のKくんとMさんが交わしているこんな会話を小耳にはさんだのです。

「映画館じゃ一晩でやってるでしょ」

「一晩でやったらどうかな」

当時「人間の条件」5部作を終夜上映している映画館があって、好業績をあげていたのです。

閃いた。そうか、縦があった。それも、真っ昼間からやったらどうだ。三が日のうち1日がこれで潰れれば、少ない制作費を残りの2日にまわせる。我ながらセコい思いつきでした。

ちょっと長い引用になってしまいましたが、個人的にこのくだりが本書で一番好きな部分です。しがらみのある既存企業では採用できない戦略。「予算」という制約があったからこそ生まれたアイデア。そして、映画館という近接業界からアイデアを借用する姿勢。冗談抜きで、クリステンセンあたりがイノベーションの事例として取り上げてもおかしくないのではないでしょうか。

他にもグルメ番組やお笑い番組、女子プロやサッカーなどの(かつては)マイナーだったスポーツ番組、そして深夜のテレビショッピングやお馴染みの経済番組など、本書では「テレビ番外地だったからこそ」誕生できた革新的な企画が紹介されています。新書ということで、各エピソードがさらっと流されてしまっている点が少々残念なのですが、大企業を敵に回して「お金のある会社には勝てないよなぁ」と弱気になってしまっている時に読むと、勇気が湧いてくる一冊のように感じました。

残念ながらテレビ東京は、日テレと共に平成20年9月中間連結決算で赤字に転落してしまいました(ITmedia での参考記事)。この不景気で体勢を立て直すのはなかなか難しいとは思いますが、今以上に「番外地」だった頃に様々なイノベーションを生み出していたことを思い出して、復活を遂げて欲しいと思います。

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