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自動車が日本の足を引っ張る日

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昨日の夜、テレビ東京で『久米宏・経済スペシャル"新ニッポン人"現わる!』という番組をやっていました。テーマは「新ニッポン人=お金を使わない20代の若者」ということで、最近よく言われる「若者の~離れ」という現象を考察するという内容。クルマに乗らない、酒を飲まない、海外旅行に行かないなどなど、若者の間で新しい価値観が生まれていることが紹介されていました。

テレビ東京はワールド・ビジネス・サテライトのような経済ニュース番組も流していますから、「最近の若い奴らはなぁ」のような感覚論を超えた議論を期待していたのですが……個人的には期待外れでした。若者の側に降りて「なぜそう考えるのか」を理解しようというよりは、「旧ニッポン人」が持っている価値観から離れることなく、終始外側から眺めている感覚といったところでしょうか。結局「新ニッポン人」を異質・異常なものとしか扱っていなかったのが残念なところです。まぁこのご時世に、日曜の夜に1時間以上もテレビに貼り付いているのは誰か?と考えれば、誰が見て納得する番組構成になるかは明らかなのですが。

で、この番組で最初に扱われていたのが「クルマ離れ」だったのですが、ちょっと気になる主張がありました。一字一句正確には覚えていないのですが、

若者のクルマ離れは問題だ。なにしろ日本の自動車産業は500万人(400万だったかも)の就業者を抱えているのだ。自動車が売れなくなったら日本は困る。

というもの。そもそも国内の自動車市場は既に頭打ちになっていて、日本の自動車メーカーは海外市場に活路を見出しているわけですから、「若者がクルマを買わないと日本はダメになる!」は極論なのですが。それ以上に、この主張に隠れている「いまの産業構造を維持しなければならない」という意識に違和感を感じました。

確かに500万人という規模は、日本の就業者の10人に1人にあたる数字だそうで、自動車産業が消えて無くなってしまっても構わないなどと言うつもりはありません。しかし、永久に存続する産業など無いというのも事実です(かつて花形と呼ばれた産業が今や苦境のまっただ中、という例がありますよね)。下流にあえぐ若者の増加、石油価格の高騰、環境意識の高まり、新興諸国の追い上げなどの要因を考えれば、日本の自動車産業……というより、現在の「クルマのあり方」そのものが衰退する可能性も考えておかなければなりません。

そんな時、現状の産業を無理やり維持するのが果たして良いことなのでしょうか。実は『"新ニッポン人"現わる』の中で、カーシェアリングする若者の姿が紹介されています。なぜか番組では深く掘り下げられなかったのですが、デートなど必要な時だけ、しかも軽自動車を借りて移動するというスタイルが印象的でした。その姿は「異常」ではなく『マイクロトレンド』であり、今後そのスタイルが他の先進国/主要都市に住む若者の間で主流になる可能性があるのではないのでしょうか?だとすれば、彼らを「異質だ」と捉えるのではなく、そのスタイルに合ったビジネスを考える方が賢明ではないでしょうか?(もちろん以前のエントリで書いたように、理想像を描けても、その理想像に合わせて自らの姿を変えられるのか?という問題がありますが。)

その意味で、「若者のクルマ離れ」に対するメーカーの反応として番組で紹介されていたのが、トヨタの「若者が集まる仮想空間で新車発表会を行う」「子供にクルマの楽しさを教える自動車教室を開く」という取り組みだけだったのが非常に残念に思いました。もちろん宣伝はモノを売ることに欠かせないことですが、消費者の意識を変えることよりも、自らの意識を変えることの方に力を入れる時代がやってきているのではないでしょうか。それができなければ、逆に自動車産業が日本の足を引っ張る日がやって来るように思います。

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