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あえて言う「新聞に未来はある」

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いつも既存メディアを批判してばかりなので、今日はあえて、「まだ未来はある」という立場に立ってみたいと思います。議論の出発点はこちらの記事:

あえて言う「新聞に未来はない」 (Business Media 誠)

長い記事ですが、ポイントは2つだと思います。

  1. 収入が減っている
    (購読者が減り、広告収入も減っている/広告だけに依拠するモデルは難しい)
  2. コストがかかっている
    (記者というリソースを抱えなければならない/記者は新聞の競争力の源泉なので、カットすることは不可能)

「収入-コスト=利益」ですから、収入が減ってコストが現状のままなら当然利益は減ります。利益が減れば企業は立ち行かなくなる、という議論ですね。しかし、本当に新聞に残された道は無いのでしょうか。

※ちなみにこでは議論を単純化するため、「新聞」と言った場合、「新聞社+販売店」を指すものとします。また同じ理由で、「押し紙」問題や記者クラブの弊害といったポイントには立ち入らないこととします。

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利益が減った場合の常套手段、コストカットを考えてみましょう。「誠」の記事では、記者というコストは削減できない(競争力の源泉だから)という前提に立っているようですが、特定の分野に特化するという戦略はどうでしょうか。例えばその是非は別にして、「国際ニュースなんか興味はない」「テレビは見ないからテレビ欄・芸能欄はいらない」という人も多いでしょう。であれば、いちばん「売れる」分野を書ける記者を残して、あとは解雇してしまっても良いはずです(そもそもITの分野に限って言えば、5,750人の社員を有する朝日新聞よりも、166人だけの ITmedia の方が勝っているように思います)。

どの分野の記者も減らせないとしたら、編集にかかるコストを削減するというのはどうでしょうか?紙媒体は止めてしまい、すべてウェブ上での情報配信に徹する。記者達が書いた記事は、(ある程度推敲した上で)全て公開。読者には検索機能などを使って欲しい情報を取得してもらい、それをどう理解するか・何を感じ取るかは読者にお任せしてしまう……要は「一次情報提供マシーン」に徹するわけですね(あり得ないと思われるかもしれませんが、ロイターニューヨークタイムズなど、所有するコンテンツを自由に操れるAPIの公開に踏み切るメディアが現れ始めています/また一切編集をしないことで生まれる価値があることを、『徹子の部屋』が教えてくれます)。さらにウェブ上での公開であれば、紙にかかるコストや、印刷・配達に関するコストも削減できます。

コストを減らしたら、今度は収入の話です。仮に「専門分野に特化する」という方向を選択した場合、必要な収入は確保できるでしょうか?「いらない情報も押しつけられて月額3,000円は嫌だけど、必要な情報だけで月額1,000円ならいいかも」という人はいそうですから、不可能ではないかもしれません。また読者が限定されれば、それだけ広告主にとっては効果が見えやすい媒体になりますから、広告主の数は減っても残った企業との関係が強固になる可能性があります。

またウェブ上だけで情報提供するようにすれば、小さくなったコストを広告モデルだけでまかなう、という道も現実味を帯びてくるでしょう(ニコニコ動画のように、アフィリエイトと組み合わせて物販に活路を見出す、という可能性もあるかも)。一方でウェブの本格活用に踏み切れば、容易に「携帯電話での情報配信」という道が開けます。「紙」という出力先に価値を見出さない人でも、「携帯電話」に出力してくれるのであれば(要は携帯電話から全ての新聞記事が検索・閲覧できるのであれば)対価を払っても良い、と言ってくれるかもしれません。

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ここまででお分かりかもしれませんが、要は「収入が得られるか」「コストが削減できるか」というのは表面的な問題でしかありません。「消費者(あるいはお金を払ってくれる存在)はどんな価値を求めているか」「それを生むプロセスの中で、自社がどの位置を占めるのか」というのが、掘り下げるべきポイントでしょう(バリューチェーン、という素敵なMBA用語を持ち出しても良いかもしれません)。そしてその意味では、まだまだ新聞には次の理想像を描く余地はあるのではないかと思います。ただし理想像が描けたとしても、それを実現するという「実行」の面が次の問題となるわけですが……仮に国際部がいらない、という話になっても、記者達に「明日から来なくていいよ」というのは日本では考えづらいですしね。

今後新聞業界で再編があるのか、ビジネスモデルの変更があるのか、それともただ、ジワジワと衰退していくだけなのか。いずれにせよ、どの道も大手新聞社にとって一定の“痛み”を伴うことだけは、間違いがない。

痛みがあるのは事実だと思いますが、イコール新聞は生き残れないか、というとそうではないと思います。事実海外の新聞業界では、無料紙を発行するものやウェブに活路を見出すものなど、様々な試行錯誤が継続中です。「現状から目をそらさずに、新しい道を進む勇気と行動力があれば」、まだ新聞にもチャンスが残されているのではないでしょうか。

< 追記 >

町の新聞屋さん復活 (Polar Bear Blog)

Comment(10)

コメント

天狗山

初めまして。拝読いたしました業界6年目のものです。

小林さんが指摘されていること、私も常々感じていることであります。一読者として毎日あれだけの情報量と紙を処理し続けるのは正直厳しいものがあります。1ユーザーとしては小林さんの指摘する方向に進んでほしいと切に願います。

ただ新聞社が紙を捨てることは(当面は)ないでしょう。

それは紙媒体が参入障壁の役割を果たしているからです。記者クラブに加盟できないことはそれほど致命的ではありませんが、紙媒体を毎日宅配できるインフラを用意できなくては新聞は出せません。新聞社の寡占を担保するカギは宅配制度にあります。堀江隆文氏も経済新聞への参入を考えたといいますが毎日家庭に紙を届ける(しかも安価に)方法を見つけられませんでした。いまの日刊紙媒体で勝負しているうちは、いまいるライバル同士でそれなりの「競争」をしているだけで済むわけです。

ネットなどの媒体に降りていけばそうはいきません。紙と違いインフラをがっちり押さえることは不可能なので、各分野に特化したところがガンガン参入してくるでしょう。そうなればおそらく小林さんの指摘している方向に舵を切らなければならなくなるはずです。ただそうなれば、特定分野に特化していないほとんどの新聞記者は競争力を失います。

往時の勢いがないとはいえそれなりの給与水準を担保できている現状では、ネットに「降りていく」のは経営戦略として不合理。ただ来るべき日のために少しずつ降りる準備をする必要はあるでしょうね。

Toms

今のままだと未来は無い。
変われば未来はある。

結局根底の部分としてはやはり同じ事になるのでしょうね。

とおりすがり

>新聞社の寡占を担保するカギは宅配制度にあります。
より正確に言えば、新聞販売店の専売店制にあります。合売店が増え、委託販売が可能になればその問題はある程度解決されます。
ただし、現状では大新聞は専売店制を止める気は無いので、独禁政策の観点から政府の介入することでもない限りは無理でしょう。

新崎

記事を執筆しました新崎です。
ちょっと記事の反応をしらべていて、このブログを
拝見しました。
小手先の批評・皮肉ではなく、真正面からの反論であり
クオリティの高い文章だと思います。
ありがとうございます……と、なんとなく思ったので
書き付けておきます。
それでも、新聞の「マニア化」は難しいと思うんですが。
業界紙(それこそ“ゴム新聞”みたいな)はいろいろ
ありますが、全部成功しているとは思いませんし。
まあ、難しい問題ですよね。
小林さまのご活躍をねがっております

通りすがり

1の専門特化に関して、スポーツ新聞と言う偉大な例がございます。

スポーツ新聞の、何年も連続で部数を落としていると聞きます。

>>「消費者(あるいはお金を払ってくれる存在)はどんな価値を求めているか」「それを生むプロセスの中で、自社がどの位置を占めるのか」

と言う小林様の指摘が全てであると思いました。

アキヒト

みなさま、コメントありがとうございます。

> 天狗山さん

皮肉ではなく、業界の中にいらっしゃる方は様々な苦労があると思います。外野でいろいろと口を出してしまい申し訳ありません。

ご指摘の通り、「紙媒体が参入障壁の役割を果たしている」という面は大きいと思います。よく言われることですが、ネットの時代になって情報発信コストが極端に下がったおかげで、従来のメディア以外の人々・企業による情報発信が本格化したわけですよね。もう1つご指摘されている点、「紙媒体を毎日宅配できるインフラ」と合わせて、新聞しか持てない力の源泉になっていると思います。

ただ「紙で読める」「毎朝(夕)届く」という価値に、魅力を感じない人々が生まれている。それが根底にある問題の1つだと思います。新聞は「紙」という戦場で戦いたい、しかし主戦場はネットに移行しつつある……そこで躊躇しているうちに、新しい戦場で主導権を握るチャンスを失いつつあるのがいまの新聞社ではないでしょうか。

しかし実際ネットに舵を切るとなれば、仰る通り記者の再教育や販売店の整理(というより切り離し)などが必要になるので、非常に難しい道ではあると思いますが。繰り返しになりますが、外野の勝手な議論ですのでお許し下さい。

> Toms さん

仰る通り、変われば道はある、変わらなければない、ということになると思います。生き続けるものは何かしら変化してゆくものなので、まぁ当たり前の議論なのですが(笑)

> とおりすがりさん

確かに朝日新聞系の販売店で「ITmedia 新聞」も扱ってくれれば新興勢力にも道が開けるわけですね。ただ仰る通り、そんなことをする(させる)気は新聞社・販売店の双方共に無いのかもしれませんが。「押し紙」等の問題もありますし、販売店をどうするかという議論は新聞を考える上で避けて通れないと思います。今回は泥沼にはまるのが怖くて(笑)あっさりスルーさせていただいたわけですが……

> 新崎さん

ありがとうございます!留学中ということで、いろいろとご苦労があるかと思いますが、頑張って下さいね。

さて、新聞の「マニア化」ですが、確かに全てが成功するわけではないと思います。例えばITの分野であれば、既にネット上で多くの情報が無料で入手でき、読者の側も高い情報リテラシーを持っています。このような分野で「紙の上にある情報にお金を払ってもらう」というのはかなり難しいことでしょう。しかし差別と非難されてしまうかもしれませんが、例えば高齢者向けの情報を集めるなど、「当事者/関係者がネット上で情報発信していない」「読者の側が紙で読むことに価値を感じている」という分野であれば、ある程度存続は可能ではないかと思います(個人的に、既に既存の新聞は高齢者向けの傾向を強めているように思いますが)。

ただ、それも時間が経てば変わりますから、延命措置のようなものですよね。個人的には、やはりネットと何らかの折り合いをつけることが新聞が生き残る道だと考えています。幸い英語(newspaper)とは違い、日本語の「新聞」という言葉には「紙」という前提が含まれていませんしね。

> 通りすがりさん

確かにスポーツ新聞という偉大な例がありましたね。最近はサッカーに特化した新聞などをコンビニで見かけますが、そちらの経営も苦しいのでしょうか?あるいは釣り新聞なども以前からある「特化型新聞」ですが、朝日・読売など大手新聞以外の「新聞」がどんな状況に置かれているのか、詳しく見てみないと中途半端な議論になってしまうのかもしれません。

アロハ

企業の一般論として、社会的役割を果たし、時代が必要としなくなった事業を主とする企業は、コアとなる強い部分を活かし、次の社会的役割、次のビジネスモデルを構築しないと、生き残れないという傾向があると思います。
大手の総合的な新聞は、"News"paperとしての役割を、終えていて、新聞社は、次の社会的役割、次のビジネスモデルを構築する時期に達していると思います。
ラジオ、TVの登場によって、新聞の強みであった速報性に土がついた時、新聞はどのように変わったかを振り返ると、今後の変化の参考になるかもしれません。

とおりすがり

こんにちは。関連するかどうかわかりませんが…最近「第3の波」(アルビントフラー)を再読しました。1980年に書かれた本ですが、20世紀的なマスプロダクション、マスメディアの提供する商品や情報は、成熟した先進国、脱工業化、情報化した社会では飽きられ、ニーズが落ちていく。それらに代わって、パーソナライズされ、セグメント化、ターゲット化された情報が好まれる、といった内容のことが書かれていました。見事に現在の状況を言い当てていると思いました。
 もしこの通りならマスメディアが対象としてきたニーズ=市場、マーケットは、既になくなりつつある。そしてそれはひとり日本だけでなく欧米でも共通の現象であるということ。ひとり新聞社側の経営の問題ではなく、歴史的な現象として、新聞は使命・役割を終えつつあるということなのかも?と思いました。

アキヒト

> アロハさん

コメントありがとうございます。
仰る通り、"newspaper"の"paper"の部分は時代の役目を終えつつあるのかもしれませんね。"paper"を欲する人々だけをターゲットにして延命するという手段もあるでしょうが、やはりネットと何らかの折り合いをつけることが新聞の生き残る道だ、と思います。それは今で言う「新聞」とは似てもにつかないものになるのでしょうが。

> とおりすがりさん

コメントありがとうございます。
仰る通り、日本だけでなく世界的に『第3の波』が予測した状況になりつつあると思います。その意味では新聞もカスタマイズの道を探る(例えば一軒一軒で違う紙面を作って届ける)ことが出来るでしょうが、コストを考えればとてもネットに太刀打ちできないですよね。しかし新しいニーズに焦点を合わせ、自分たちが持つリソースで何ができるかを考えれば、新しい姿を見つけることは可能だと思います(本文でも述べた通り、その姿が実現できるかどうかは別の話ですが)。

アロハ

私の察しが悪かったようですみません。
"news"の部分をネットを利用して、さらに加速して次世代の新聞を目指せという事と理解しました。

2ちゃんねるとかを利用していると、どこかで地震があった時、
「今揺れた」みたいな情報が書込まれる事があります。
一次情報を取得可能な人員が偏在している事によって、
もたらされる情報だと思います。

一次にしろ二次にしろ基本的にプロの記者を情報源とするスタイルから、
ネットを利用する事によって、契約情報提供者みたいな独自の一次情報提供者の網の目を張るとか、
今の方式を越えた"news"の組織を作る事が出来、そこに独自の強みを持つ事は出来るかもしれませんね。

ただ、

> それは今で言う「新聞」とは似てもにつかないものになるのでしょうが。

という意識を当事者が持たないと、時代と共に消えていくのではないかと思います。

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