教育に悪いものが増えた、と言う前に。
「頭に来るのは、政治家がせっせとポップカルチャーをスケープゴートにしようとしていることだ。彼らにとってはたやすく、楽しいことでさえあるだろう。ポップカルチャーは常にやかましいものだから。それに、部屋の中の象(大きな問題)を無視できる」
「腹が立つのは、政治家が保護者の代わりにそれ(子供の娯楽の監視)を引き受けるということだ。その結果は悲惨なことになる。非民主的であるのは言うまでもなく」
ITmedia News の記事「スティーブン・キング、暴力ゲームの法規制に反対」から引用した、作家スティーブン・キング氏の言葉です。米マサチューセッツ州で、18歳未満の子供への暴力的なビデオゲーム販売を禁止する法案が提出されたことに対するコメント。個人的に、まったくその通りだと思います。
先日も『自動車爆弾の歴史』の書評や、『ケータイチルドレン』の書評の中で書いたばかりですが、子供が関係した事件が起きた時に、そのすぐ近くにあった目に見えるものをやり玉に挙げても何の解決にもなりません。「学校裏サイト」がイジメの場となっていたから、子供がケータイからネットにアクセスできないようにすれば良い。それで問題解決、などというのは「臭いものに蓋」もいいところです。問題の根本的な原因ではなく、攻撃しやすいものを攻撃するという意味で、スティーブン・キング氏のいう「スケープゴート」(いけにえ)を探す行為に他ならないでしょう。
僕も親として、ついついこんなことを考えてしまいそうになります――
最近は暴力的なテレビ番組やビデオゲーム、低俗なマンガや雑誌が増えた。学校の先生の質も低下しているし。まったく教育に悪いモノばかりの世の中だなぁ。
しかし「低俗なコンテンツ」と見なされるものが世に出回ることと、子供が暴力的な傾向を持つことの間に科学的な因果関係が証明されたわけではありません。仮に因果関係があるのだとすれば、僕らの世代は犯罪者ばかりになっていないとおかしいわけですが、逆に戦後から見れば犯罪率が低下しているのはご存知の通りです。考えてみれば、昔から低俗なモノは街に溢れていたのですから、それだけに責任を押しつけるのは問題があるでしょう。そうしたものに子供が接しているのを見たとき、「なぜ気をつけなければいけないのか」を教えなかった人物に責任はないのでしょうか。
また教師の質の低下という点も、客観的なデータで証明されたわけではありません。「ゲームが悪い」などという話同様、スケープゴートを求める世の中の空気に応えるために、マスメディアが作り出した幻想かもしれないでしょう。またスティーブン・キング氏は「保護者がやらなければならないことを、政治家が肩代わりしようとしている」ことを指摘していましたが、もしかしたら日本の親は「保護者がやらなければならない教育を、教師に押しつけている」のかもしれません。それが教育の現場を回らなくする一因になってはいないでしょうか。
もちろん本当に問題のある教師や、違法サイトや武器といったものが氾濫しても良い、それらに危険はないなどと言うつもりはありません。しかし「子供の教育に悪いものが増えた」と言う前に、自分たちは子供の教育に対して何ができるのか、責任を放棄してはいないかと考えるべきではないでしょうか。それが、間違ったいけにえを糾弾するだけで自己満足してしまうことや、政治家や教師に問題を押しつけて事態を悪化させるという状況を防ぐ一歩になると思います。