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HD-DVD撤退から何を学ぶか?

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イノベーションへの解』の共著者、マイケル・レイナー氏の新著『戦略のパラドックス』を読んでいます。原書は読んでいたのですが、語学力の問題で理解が不十分だったところがあったので、邦訳を購入した次第。実はこの本で最初に取り上げられる事例が「VHS vs. ベータ」の規格戦争で、「HD-DVD vs. Blu-Ray」になぞらえて読むと、なかなか考えさせられる部分があります。

レイナー氏が本書で展開しているのは、ありきたりな「ソニーの愚かさを示す」といった議論ではありません。むしろ逆に、当時の状況を慎重に考察してみれば、ソニーが取った戦略は(結果として大失敗になってしまったものの)正しいものだったのではないか?ということを論じています。具体的にはぜひ本書を読んでいただきたいのですが、ソニーに対する批判の多くが「後出しじゃんけん」的な結果論でしかないことが分かります。

例えばベータの失敗に関してよく指摘される「ソニーはレンタル業界を軽視していた」という点について、レイナー氏はこう分析しています:

こうした状況下では、ソニーが1978年に下した、映画レンタル事業を支援しないという決定は賢明で、おそらくは戦略的に抜け目ない動きですらあった。テレビ番組の録画を可能にしたとして、大手映画会社がソニーに対して訴えを起こしている状況では、映画会社が違法コピーを可能にする規格で映画のレンタルを認めるなどとは、とても考えられなかった。おまけにこれらの映画会社は独自技術を支持しており、その技術は映画会社の権益の保護を強化するものであったばかりか、映画鑑賞システムとしても優れていた。ソニーがこのような強力な対抗者を敵に回すはずがなかった。むしろ、ソニーは目的に応じたさまざまな機器という観点から市場を捉え、競争優位に集中した方がよい。

そして松下側については、こうコメントしています:

松下が勝利を収めたのは、よりよい選択を行ったからではない。ふたを開けてみれば松下が行った選択が、予測し得なかった理由から正しい選択になったからだった。重大な戦略的不確実性は、ソニーではなく、松下の有利に動いた。もちろんこれは完全に正当な勝利であり、勝利であることに間違いない。だがわれわれはこれを「優れた戦略」ではなく、「幸運」と呼ぶ。

この議論自体にも賛否両論はあると思いますが、大切なのは「その決定が下された時点での状況に目を向けること」です。現在得られる知識から過去の批判をしているだけでは、「幸運」を左右できる神様にでもならない限り、別の状況にも応用できる教訓は得られません。

東芝のHD-DVD撤退についても、様々な分析・批判がなされています。その中には理路整然として、納得させられる議論も多いのですが、果たして1~2年前にも同じ議論ができただろうか?と考えることは有効でしょう。「よく考えれば分かったはずなのに、バカだなぁ」で終わらせるのではなく、「なぜ(今から考えれば)正しい決断が下せなかったのか」「決断が下された当時には、その方針が正しかったのではないか」「正しかったとすれば、その『正しさ』を失わせたものは何だったのか、その事態を予期することは不可能だったのか」などといった議論にまで踏み込んでいかなければならないのでは、と思います。

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