セルフ・ファイナンスと映画のロングテール化
先日「祭りのロングテール化」という呑気な記事を書いてしまいましたが、もう1つロングテールに関連したエントリを。今日の日経産業新聞に、「映画のロングテール化」がさらに進むことを予感させるような記事がありました:
■ セルフ・ファイナンス映画 配給会社に頼らず資金調達 -- 米で制作活発 (日経産業新聞 2006年8月2日 第4面)
映画の制作資金を、配給会社に頼らず直接自己調達するという「セルフ・ファイナンス映画」が米国で活発になっている、という記事。恥ずかしながら僕は初めて知ったのですが、第78回アカデミー賞で話題になった「クラッシュ」や「ブロークバック・マウンテン」も実はセルフ・ファイナンス映画なのだとか。現在も俳優の中村雅俊さんが出演している映画「アメリカン・パスタイム」などの作品がこの方式で制作されているそうです。
セルフ・ファイナンスの利点は以下のようにまとめられています:
- 配給会社はリスクに敏感なため、確実なヒットが見込める作品以外には資金を出さない傾向がある。従って無名監督などは資金を集めることが難しかったが、セルフ・ファイナンスによって制作を始めることが可能になった。
- 配給会社に資金調達を頼ると、「金も出すが口も出す」状態になるが、セルフ・ファイナンスであれば好きなように撮影することができる。
- 少人数で手作り感覚で制作できるようになるため、現場のやる気が作品に反映される。
前回のエントリでもご紹介しましたが、ロングテール理論の提唱者であるクリス・アンダーソン氏は、最近発行された本"The Long Tail"の中で、ロングテール現象を以下の3つの要素に分解しています:
- コンテンツ作成の民主化
- コンテンツ配布の民主化
- 需要と供給を一致させるシステムの存在
つまり「多種多様なコンテンツが生まれ」「それを流通させる仕組みが生まれ」「多様なコンテンツの中から趣味に合った1点が見つけられるシステムが整えば」、ロングテールが生まれるというわけです。「セルフ・ファイナンス映画」は「これまではチャンスが得られなかった無名監督・ニッチなテーマを扱う作品も制作が可能になる」という点で、条件1を満たしています。従ってセルフ・ファイナンスにより「映画のロングテール化」が促されることは間違いないでしょう。
問題は3番目のロングテール要素です。現在はこの部分、すなわち「自分の好みに合う作品を見つけるシステム」の発達によって、映画のロングテール化が実現されています。つまり Amazon などオンラインショップのレコメンデーション機能や、クチコミサイトなどのレビュー機能により、これまでは歴史に埋もれるままだった作品に注目が集まるようになっているわけです。しかし新しい資金調達方式によって映画の数・バリエーションがより豊かになった時に、これらの仕組みだけで「本当に見て欲しい人に作品を見てもらう」ということが実現できるのでしょうか。
実は先程の本"The Long Tail"では、需要と供給を一致させる仕組みを「フィルター」と呼び、「何を作るか・何を売るか」を決めること(すなわち制作側・配給側の選択)を「プレフィルター」、「何を見るか・どれが優れた作品か」を決めること(消費者側の選択)を「ポストフィルター」と分類しています。この視点で考えると、セルフ・ファイナンス映画では「プレフィルター」の力が弱くなってしまうことが分かります。これまでは配給会社が行っていた良質な作品の取捨選択や、消費者に売り込むためのマーケティング活動が失われてしまう(完全にではありませんが)ためです。
そう考えると、新たに資金提供の役割を担うようになった投資会社が、一種のプレフィルターの役目を負うようになる可能性もあるのではないでしょうか。例えば「あの投資会社からファンドを得たのなら間違いない」といった投資会社のブランドによるフィルターや、投資会社が映画製作のアドバイスを行うようになる(ちょうどハンズオン型のベンチャーキャピタルのように)などといったことが考えられると思います(ただしそうなると、セルフ・ファイナンス映画の利点2「口を出されずに好きなように撮影できる」が損なわれてしまう危険がありますが)。
以上の考察が当たっているかどうかは分かりませんが、こうして考えてみると、一口に「ロングテール」と言っても様々なアプローチが可能になりそうです。セルフ・ファイナンスのようにコンテンツの数とバリエーションを増やす仕組みの開発もあれば、そうしたセルフ・ファイナンス作品を積極的に上映したり、DVD化したりするビジネスも考えられるでしょう。またある要素でロングテール化を促すような現象が現れた場合に、それを別の要素からサポートするような仕組みにはどのようなものがあるか、考えてみても面白いのではないでしょうか。