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文系出身ながら製造業への好奇心があり、三現主義を実践中(現場での突破力は大事です)。就活/転職~IT関係について、実体験・取材成果を報告します。※注:筆者は手足の血行障害を抱えているため、時々執筆が止まることがあります。

公務員からはじまった仕事人生

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・親に言われて高卒就職

 高校時代に部活動に熱中していた私。一応、進学校といわれていた高校に入学して、高校1年は中の中の成績だった記憶がある。しかし、高校2年で急降下。クラスでビリを毎回競うほど学力は落ちた。さすがに大学へ進学できるレベルではない。高校3年は試験期間にカゼで倒れた事もあり(本当に倒れて頭に「たんこぶ」を作ってしまった)、追試を5科目くらいしたと思う。将来の展望を考えないほど、当時の部活動に没頭していた。

 親に言われて、なんとなく公務員試験を受けた。当時は大学入試より公務員試験が早く行われており、公務員試験に合格してしまったためさらに学業の事は考えなくなり、正月を過ぎて最後の共通一次試験すら受けなくなっていた。高校3年の3学期になってもまだ部活動を続ける始末。勤務先が決まったのは3月中旬だったと記憶している。よくそこまでノンビリしていたものだと、思い出すと恥ずかしい。

・公務員のゲンジツ

 当時はバブルが始まったばかりだったので、同じ高校で民間企業に就職した同級生と手取りが2~3割違っていた。現在の貨幣価値とは比べられないが、手取り10万円未満。これは公務員の採用条件通りだったので、別に気にしていない。ただ、それだけではないゲンバの事情があった。

・大学へ、そして就職

 結局、公務員は辞める事にした。あれほど低下した学力だったが、唯一クラスで毎回1位の得点を叩き出す教科が1科目だけあったのだ。そこで一点突破を試みたら、なんとか合格できる大学があり、進学できることになった。

 大学で専攻した教科については、教員免許も取得できる単位を確保した。教育実習にも行ったが、大学卒業時に私の得意の科目での教員募集が出身地で無かったので、割とすんなり教員の道は考えないようになった。

 元々、文系のくせに製造業に興味があったので、ひたすら就活。当時、教育実習と就活が同時期にあったので、かなり非効率だった。なにしろ教育実習の指導教員が熱意あふれる方で、実習期間は授業の準備で睡眠時間は2~3時間。到底、民間企業への就活は出来ない。まあ、内定解禁日が実習期間でなかったので、なんとか滑り込んで幸運にも複数の企業から内定を得た。新卒時に内定に関しては、次回から詳細を記すことにする。

・転職への道

 新卒時に入社した企業は上場企業であったが、あえなく消滅した。正確には業界大手に吸収合併されたので、残った社員は「ドコソレ」な企業名から「ああ、聞いた事ある」な企業名に変貌している。私は高卒時に公務員を辞めているくらいなので、ひとつの企業に依存する気持ちが元々乏しい。転職に関しては、成功も失敗もしていて、履歴書は数百社に送っている気がする。これもゲンバを体験する良い機会だと思って、臆することなくチャレンジした。

 

 紛れもなく私の勤務先が列記されている年金手帳のゲンブツがある。振り返るのは程々にして、前向きに行きたい。

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