全てを満たし、そしてそれを分け与えさせる・・・という教育論について
昔では(というか自分のセンスでは)ちょっと考えられない、現代の教育論を最近よく耳にするので、今日はそれについて自分の意見をちょっと紹介してみます。
私も人の親になってようやく5年経過した、いわば新米者。勉強不足が正直あろうかとは思いますが、いずれにしても個人的にとてもびっくりです。活字で整理すると、実はとてもシンプル。
1. 欲しがったものは、じらさず、与える。お菓子やおもちゃ、やりたい習い事等すべて全般的に。
2. 逆に欲しがらないものは徹底して与えず、視野や思考範囲から排除し、選択肢として考えさせない。
3. そして、望むものがいつも与えられている恵まれた自分の環境に感謝し、周囲に対しては必要に応じて、自分が与えられたものを分け与えながら、一緒に過ごす。
こうやっていくと、とても「優しい子」になるんだそうです。
決して教育機会放棄とか放任論ではなく、整然と存在する教育論なのだと聞きました。
個人的には、というか、うちの家族では到底受け入れられない理論ですが、でも一定割合の人(親)がこれを適用し、子供を育てているんだそうです。
実際やっている人に話を少し聞くこともできました。
望めば与えられるが望まないものは一切手に入らない環境に慣れると、望んでも与えられない周囲(の子供)に対して、「ボクのおもちゃ/お菓子をわけてあげるよ」みたいなことが進んでできるようになるんだそうです。そしていつしか、自分の労力や資産(というとおおげさですが)を周囲と分かち合っていける人に育つんだそうな。
でもなあ・・・この「分けてあげるね」って・・・なんか、上から目線っぽくネ?!
「あ゛―、○○クンがもってるおもちゃ、ボクも欲し~いっ!」「ハイハイ、じゃああとで買ってあげるネ」
○○クンの優越感は、こうして一瞬で「平準化」されるのです(苦笑)。
理解できる部分もありますよ。望まない情報は完全シャットダウンです。ケースによっては、お菓子やおやつ概念を完全排除しているところもありました。すごいですよね。例えばコーラとかラムネ菓子の存在を知らないわけです。・・・いや、知らないは言い過ぎか(笑)、知ってるけど「僕は食べないんだ」だって・・・TVもアニメとかぜんぜんみないとか、徹底することはある意味余計な「俗への感化」を防ぐので効果的とも思いました。
ですが・・・やっぱりウチはできないなあ。
だって・・・もしライダーベルト全部、あっさり揃えちゃったら、俺が遊んじゃうよ(爆)。