説明できない男女賃金差異は、女性差別と何が違うのか ― 差異は縮小、それでも要因を説明できる企業は16%
▫️はじめに
マーシュマーサーが、男女賃金差異に関する分析「男女賃金差異は縮小傾向も、要因を説明できる企業は16%」を公表しました。厚生労働省のデータベースに企業が登録した公開データ(2026年7月15日時点)をもとに、男女賃金差異の水準と、企業がその要因をどこまで説明できているかを分析したものです。
男女賃金差異の開示は、2022年に常時雇用301人以上の企業で義務化され、2026年4月からは、改正女性活躍推進法により101人以上の企業にも広がりました。開示する企業が増えるなかで問われ始めているのは、数値そのものより、その差がなぜ生まれているのかを説明できるかどうかです。
本稿では、分析の要点を整理したうえで、私の考えを述べます。先に結論を書くと、私は、説明できない男女賃金差異は、結果として女性差別による差異と同義だと考えています。事実の整理と私の考えは、分けて書きます。
▫️分析の概要
分析の対象は、厚生労働省のデータベースに、正規雇用労働者の男女賃金差異を登録した企業です。
・登録企業数:2万1,102社(前年1万3,726社から7,376社増)
・増加の中心:101〜300人規模の企業。改正女性活躍推進法による公表義務の拡大が影響しているとみられる
分析は、男女賃金差異の大小(全国平均76.4%を基準)と、要因を把握・説明しているかどうかを組み合わせ、企業を4つの象限に分けています。要因の把握は、データベースの注釈欄や自由記載欄に、要因と因果関係が明示されているかで判断しています。
▫️結果1:差異は縮小傾向
正規雇用の男女賃金差異(男性を100とした女性の賃金)は、全企業平均で76.4%でした。前年の75.5%から0.9ポイント縮小しています。過去3年間続けて登録している企業に限っても、75.3%から76.3%へ、1.0ポイント縮小しました。分析は、開示の義務化が縮小の背景にあるとみています。
▫️結果2:要因を説明している企業は約16%
一方で、差異の要因を説明している企業は、3,268社で全体の約15.5%にとどまりました。4象限の分布は次のとおりです。
・差異が大きく、要因の説明なし:8,327社(39.5%)
・差異が小さく、要因の説明なし:9,507社(45.1%)
・要因の説明あり(差異の大小を問わず):3,268社(約15.5%)
約84%の企業は、数値を開示していても、その背景を説明していない状態です。
▫️結果3:要因は「複数の積み重ね」
要因を説明している3,268社は、1社あたり平均2.61の要因を挙げており、72.8%が2つ以上の要因を記載していました。最も多い要因は「雇用形態」で、71.6%です。
業種別では、要因の把握率が最も高いのは金融業・保険業でした。ただし、平均の賃金差異は68.5%と、全国平均を下回っています。主な要因として、管理職・役職構成(73.9%)、雇用形態(69.3%)、職種・業務内容(54.5%)が挙げられています。
分析は、男女賃金差異を、雇用形態、正規雇用の中の区分、役職・職種、勤続年数・年齢構成、労働時間などが積み重なった構造的な課題だとし、その背景には、採用、配置、登用、両立支援、働き方の運用がある、と指摘しています。同じ仕事に対する基本給の差だけでは、差異は説明できないということです。
▫️分析が示す打ち手
分析は、象限ごとに次のような対応を提言しています。
・差異が大きく、要因の説明がない企業:まず、雇用形態、役職、職種、勤続年数、労働時間で数値を分解し、原因の仮説を立てる
・差異が小さく、要因の説明がない企業:人員構成や登用、働き方の変化で数値がどう動くかを予測し、説明できる仕組みを先に整える
・すべての企業:自社の人材構成と業種の特性に合った要因を特定し、数値と要因、今後の対応を一体で説明する
また、EUでは賃金透明性の制度が進み、差異の報告に加えて、背景の説明や是正が求められつつあることにも触れています。
▫️私の考え1:説明できない差異は、結果として女性差別による差異と同義
ここからは、分析そのものではなく、私の考えです。
男女賃金差異を分解すると、二つの部分に分かれます。一つは、雇用形態、役職、職種、勤続年数、労働時間といった、性別に関係のない客観的な要因で説明できる部分。もう一つは、それらを差し引いてもなお残る、説明できない部分です。
私は、この説明できない部分は、結果として、女性差別による差異と同義だと考えています。
意図して女性の賃金を低くしている企業は、ほとんどないでしょう。けれど、意図の有無にかかわらず、客観的な理由で説明できない差は、「女性であること」によって生じている差と区別がつきません。評価の甘辛、昇給の交渉力の差、無意識の偏り。理由が何であれ、働く女性から見れば、「説明できない」は「理由なく低い」と同じです。
▫️私の考え2:世界は、説明できない差を「是正すべき差」として扱い始めている
この考え方は、私だけのものではありません。
EUの賃金透明性指令では、客観的で性別に中立な要因で説明できない男女賃金差異が一定の水準を超え、それが是正されない場合、企業は労働者代表とともに賃金の評価を行い、是正措置をとることが求められます。説明できない差は、まさに是正すべき差として扱われているのです。
日本の開示制度は、まだ数値の公表が中心です。けれど、グローバルに事業を展開する企業はもちろん、国内の企業にとっても、説明できない差を放置することは、今後ますます許されなくなっていくと考えます。
▫️私の考え3:説明しないことは、外から見れば説明できないことと同じ
分析で「要因の説明なし」とされた約84%の企業が、すべて説明できないわけではありません。社内では分析できている企業もあるでしょう。
けれど、説明しなければ、従業員にも、投資家にも、差別ではないことは伝わりません。説明しないことは、外から見れば、説明できないことと区別がつかないのです。
特に、45.1%を占める「差異が小さく、要因の説明がない」企業は、注意が必要だと思います。今の数値が良くても、その理由を理解していなければ、人員構成や働き方が変わって数値が動いたとき、それが前向きな変化の途中なのか、新たな不平等なのかを語れません。
▫️私の考え4:「説明できる」ことは、「問題がない」ことではない
もう一つ、強調しておきたいことがあります。説明できる差の中にも、構造的な不平等が含まれている、ということです。
分析で最も多かった要因は「雇用形態」でした。女性が非正規雇用に多いこと、管理職に少ないこと、勤続が短くなりがちなこと。これらは、客観的な要因として差異を「説明」します。けれど、それ自体が、採用、配置、登用、両立支援、働き方の運用の結果でもあります。
たとえば、出産や育児を機にキャリアの選択肢が狭まり、管理職への登用が遅れるのであれば、「役職構成の差」は、制度と運用が生み出した差です。説明できることと、正当であることは、別のことです。説明は、差別ではないことを示すためだけでなく、構造の不平等を見つけ出すためにこそ行うべきだと思います。
▫️説明は、責任であり、是正の出発点
分析の中で、同僚の伊藤実和子さんは、構造を丁寧に説明することが改善への姿勢の表明になり、ひいては差異の縮小にもつながる、と述べています。私も、深く共感します。
説明するためには、人事データを、雇用区分、等級、職種、勤続年数、労働時間で切り分け、採用、昇格、異動、離職の流れを男女別に追う必要があります。説明できない差を把握することは、是正の第一歩です。そして、説明できる差の背後にある運用を見直すことが、その次の一歩です。
▫️留意点
・分析は、厚生労働省のデータベースに企業が登録した公開データにもとづくもので、正規雇用労働者の男女賃金差異を対象としています。
・分析での「要因の説明なし」は、データベースの記載から判断したもので、統計的に説明できない差が残っていることを意味するものではありません。
・「説明できない差異は女性差別と同義」という見方は、私の考えです。個々の企業の差異が、法的に差別にあたるかどうかを判断するものではありません。
・分析のページには公開日の記載がなく、データの基準日は2026年7月15日です。
▫️自社で点検したい問い
1. 男女賃金差異を、雇用形態、等級、職種、勤続年数、労働時間で分解できているか。
2. 分解した後に、説明できない差がどれだけ残っているかを把握しているか。
3. 説明できない差について、評価や昇給、登用の運用に原因がないかを検証しているか。
4. 説明できる差についても、採用、登用、両立支援の運用が生んでいないかを確かめているか。
5. 開示で、数値と要因と是正の方針を一体で語っているか。
▫️おわりに
男女賃金差異は、縮小に向かっています。けれど、その理由を説明できる企業は、まだ約16%です。
説明できない差が残る限り、それは女性に対する不当な差と区別がつきません。開示のゴールは、数値を出すことではなく、差を説明し、説明できない差をなくし、説明できる差の背後にある構造を変えていくことです。人的資本経営の本質も、人と組織の変革にあるのだと思います。
▫️出典