なぜ女子バレー日本代表は批判されるのか
なぜ日本の女子バレーは批判されるのか
8月に開催されたアジア選手権大会では準決勝でタイに敗れ3位。9月、日本で開催されたアジア大会では決勝まで失セット1で勝ち上がったが、決勝で中国に3-0で敗れ銀メダル。
バレーの専門家が見るとプレーそのものに課題があったようだが一般人が批判できる(する)のはプレーよりもプレー以外の部分。
アジア選手権後に、主将の石川選手が「もっと一緒になって頑張ってくれるメンバーを増やしたい」と語ったようだが、一般人が画面越しからうすうす感じていた「必死になっている選手と、そうでもない選手との温度差」。
そこから生じる「一体感不足」が、石川選手の言葉で「やっぱりそうだったのか」となり
さらにアジア大会決勝での中国戦のプレーを見て「石川選手の言う通り」となったのだろう。
自分はバレーは全くの素人でプレーや戦術について言及できるものはない。しかしながら、30年以上も「負けたら終わり」のトーナメントの世界に身を置いて、誰よりもたくさん負けてきた。
勝つチーム」については語れないが「負けるチーム・勝てないチーム」はよくわかる。そういう眼を通して日本チームを見たときに、「どうしてこんなに悔しがれないのか」と感じた。試合後のダウンの様子があまりにもさばさばしており、負けたチームのそれではなかった。
この大会はオリンピック予選への戦力の見極めだったのか、と自分を納得させた。コーチ陣の様子からも「どうしても勝ちたい」という感じは伝わらなかった。
大会の目的が「戦力の見極め」ならば、それでよい。しかし、だから負けても悔しくない、と思ってしまうと成長につながらない。悔しさが人を成長させるのだ。
私の尊敬するバスケットボールの名指導者は「自分の愚かさに気づくことが成長の第一歩」と言った。
勝利を目指して必死に戦いそれでも負けてしまった時、人はしばし呆然とするものだ。負けた現実を受け入れるのが困難な時間があるのだ。日本チームには、それを感じられなかった。