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夏目房之介の「で?」

『ワンピース』で前年比プラスになったマンガ単行本売上

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 遅ればせながら「出版月報」2月号「コミック市場2010」(出版科学研究所 ※毎年2月号がマンガ特集)を取りよせた。マンガ雑誌、単行本全部の売上は前年比2.3%減。ただマンガ単行本(流通系の「出版月報」では「コミックス」と呼ぶ)は1.8%増。単行本は、マンガを含む出版全体の市場ピークだった95年以後の15年ほどで5~6回は前年比増になっている。そのつど、コンビニ向け廉価版のヒットなど、出版の対応があった結果だが、今回は『ワンピース』単行本の巨大なヒットが主因とされる。ほかに『進撃の巨人』ヒットや『鋼の錬金術師』完結などの前向き要因もあったものの、記事によるとほぼ『ワンピース』一作に頼った前年比増だった。
〈仮に『ONE PIECE』が2010年にこれほど部数を拡大せず、2009年と同数程度の発行数としてシュミレートすると、コミックス全体では約2%程度のマイナスとなる。〉(同誌6p)
 『ワンピース』は、2010年、57~60巻がそれぞれ300~340万部初版で発行され、昨年の初版だけで計1270万部、今年2月刊の61巻380万部を加えると1650万部になる。過去累計では2億2千万部。この情報に驚いて報道するのもいいが、この結果は、どう考えても出版のありかたとして歪んでいると考えるべきだろう。

 これまでマンガに頼ってきた出版市場が、マンガとともに衰微し始めた95年以降、マンガ雑誌、単行本の出版点数はほぼ毎年増加してきた。95年の6721点は2010年には11977点と倍近くになっている。この傾向は95年以前からあり、マンガだけではない。本が売れないはずなのに、なぜ点数だけ増えるのか。これまで、たとえば1冊1万部で出していた本を、1冊2~3千部にして2~3冊出しているからだ。そうすることで、売掛をあげ、帳尻をあわせてきた。だが、もちろん不況になって書店が減り売り場棚面積が減っている状況で、それをやれば、本はあふれ書店の棚に並ばない。結果、ベストセラーと呼ばれる少数の本だけが売れ、ほかの本はひたすら売れなくなる。出版不況は、そのおかげで加速的に深刻化し、立ち直る契機を失っていったといっていい。現在、巨大な点数に何とか対応できる大型書店のみがサバイバルしたのはそのせいだ。本来消費者の選択性を保証すべき多様な小書店はコンビニとネットにとってかわられただろう。今、若い人たちは、かつて文芸誌がそうであったように、マンガ誌をほとんど読まない。単行本にシフトしている。僕の大学の講義を聴きに来る学生にしてからが、ほぼそうなのだ。おそらく、マンガも文芸と同じ運命をたどっている。『ワンピース』で単行本売上が一息ついた状況は、出版の構造的悪弊を示すものでもある。

 僕は、マンガにかぎらず本や雑誌を読みたい人が、潜在的な実数としてどれほど減っているか疑問を持っている。少なくとも本を読みたい人が、出版市場の衰退と同じ割合で減っているとは考えにくい。おそらく問題は、消費者の個別の欲求にアクセスする流通や情報のシステムが機能していないことにある。もはや出版の沈下を押しとどめることはできないだろうが、それでも消費者の選択性を流通につなぐ努力が必要なのだと思う。いいマンガ、いい本を作るだけで状況が好転するという発想では、この問題はクリアできない。出版点数をおさえ、新たな流通を市場に生じさせるような発想が必要なのじゃないかと思う。

 

Comment(1)

コメント

JK

同感です。
ただ「売掛」の使い方が本来の定義からずれてるような…

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