【書評】『眠りの科学への旅』:睡眠の正体
ご多分に漏れず、ブログを書き始めるのは夜も更けてからのこととなる。気分がノッている時は別に良いのだが、そうでない時には睡魔に襲われることも多い。どうせエントリーをアップするのは朝なのだから、書いてから寝るより、一度寝てから朝書いた方が効率的なのではという思いも頭をよぎる。ところが、これがそうもいかないのだ。
完成までとはいかないにしても、八割方書き終えてから翌朝見直すと、思いもよらぬ発見をすることがあるのだ。どうも寝ている間に何かが起こっているようである。カレーとブログは、一晩寝かせるに限るというわけだ。はたして睡眠中に起こっている出来事とは、いかなるものなのだろうか?
本書は、そんな疑問に答えてくれそうな「眠り」をテーマにした一冊。我々の人生の1/3を占めていながら、その特質ゆえにほとんど把握することのできない睡眠。その正体を、さまざまな角度から解明しようというものだ。
睡眠中に起こっている出来事の正体を求め、勢い込んで読み進めていったのだが、これが驚くほど解明されていないそうだ。そもそも睡眠は、我々知的労働の多くを司る大脳皮質を休めるための唯一無二の方法である。大脳皮質を休めている間に、細胞間に新しい連結が作られることによって、記憶が磨きあげられたり、別の記憶と結びついたりするのである。しかし、その先のメカニズムは、全くの未知の領域なのだ。
しかし、睡眠の役割を見出すことは、さまざまな方法で可能である。例えば断眠時にどのような機能が失われるかを観察するというのも、その一つだ。本書では数々の断眠を行った被験者の事例が紹介されている。不眠の世界記録は、1964年に当時高校生だったランディー・ガードナー氏により達成された264時間というものである。記録への挑戦中、四日目を超えたあたりで怒りっぽく非協力的になり、六日目には白昼夢が頻発、話し方もひどくなり、支離滅裂となったそうだ。断眠を推し進めることで、われわれは自動人形のようになり、自らを自覚している意識そのものが損なわれてしまうのである。それくらい睡眠という行動と管理的な思考とは、密接に結びついているというわけだ。
また、興味深いのが、睡眠と覚醒の間に存在するレム睡眠の存在である。浅い眠りを意味し、夢を見ることでも知られるレム睡眠は、その名前とはうらはらに睡眠状態よりも覚醒状態の方に近い性質を持つという。そして、このレム睡眠の存在理由が面白い。本来休憩状態にあるはずの睡眠を、さらに休憩するものとしてレム睡眠は存在しているというのだ。一体、ヒトはどれだけ休憩すれば気が済むのだろうか!このほかにもレム睡眠には、急速眼球運動、夢で見たことを実行しないための体の麻痺など、不思議がいっぱいだ。
さらに、不眠症で悩む人に取ってうれしい対処法も盛りだくさんだ。午後の間に十分な日光に当たる、不眠自体ではなく不安や心配事などの内在する原因に対処する、ジグソーパズルなどの気晴らしになるような事をする、一分か二分の間適度に深く一定の呼吸をするなど。なお、不眠症という自覚がある人でも、心理的な錯覚に過ぎないケースが多く、実際は結構熟睡していることも多いようである。
本書の著者が特徴的なのは、モノの例えが非常にうまいということである。我々が睡眠中に自覚することの多くは、言語でも音声でもなく、映像である。以前何かの記事で「睡眠とは記憶のデフラグである」という言葉を目にして、そのイメージに思わず膝を打ったことがあるが、本書にもそのような記述が数多く見られる。レム睡眠をスクリーンセーバーに例えたり、睡眠の欲求を浴槽の水に例えたり、人間を自動車に例えたりと、あの手この手だ。おのずとその情景がビジュアルとして浮かぶため、理解も進みやすい。
ちなみに、大脳皮質は、何かの作業に没頭している時よりも、静かな待機状態の方が作業負荷が高いそうである。当分の間、暑く寝苦しい夜が続きそうな今日このごろ。なかなか寝付けない夜には、ベットで横になったままでいるよりも、本書に没頭した方が睡眠不足への影響は少なそうである。
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