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 セールスジャパンの経営を始め、様々な事業活動に携わるマイク丹治が、日々仕事を通じて感じていることをつづります。国際舞台での活動も多いので、日本の政治・社会・産業の課題などについて、グローバルな視点から、コメントしていきたいと考えています。

人類に未来はあるか?

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どうも地球は周期的な生命体の絶滅期にあるらしいという学説が紹介されていた。考えてみれば、戦争の世紀である20世紀を終え、21世紀に入ってますます紛争が増えているのだから、そもそも現代の生命体の中心に位置する人類自体が、全く進化を遂げず絶滅するということなのかもしれない。

今日はお盆、終戦記念日だ。私もこれから母親の介護と墓参りに向かう。そして、この時期は決まって首相の靖国参拝だとか、抗日記念日だとかが報道される。今年は、靖国参拝ではなく首相談話が話題になった。

本来折り込みたくない侵略、反省、お詫びを入れたことは、それなりの配意だったのだろう。だが、それに対して結局は直接的でないなどと周辺国から批判が起こる。要は、何を言っても同じなのだ。それなのに何故歴代首相は談話を発表したいと思うのか?戦勝国は、自分たちが戦勝国であって、戦敗国は永遠にごめんなさいと言い続けるべきだと思っているのだから、何をしても無駄だ。余計なことをしなければ、不愉快な言葉じりを捉えた反論も受けないのに、と思う。

それよりも注意しなければならないのは、政府の動向だ。談話でも、それなりに周囲の示唆を反映してキーワードを入れた。辺野古も一時的にせよ休戦状態。さらに国立競技場問題も見直し。如何にも世論を尊重しているように見せている。だが、だまされてはいけない。これは明らかに陽動作戦だ。

首相にとって、国立競技場問題や談話は優先度が低いだけ。そちらに国民の目を向けておいて、安保法制についての批判が沈静化するのを待つ、ということだ。もっと恐ろしいのは、多分国民の反対の声が高まれば高まるほど、彼のヒロイズムは高揚し、その中で孤軍奮闘しても国家のために安保法制を通過させることが自分の使命だ、と感じるように推察されることだ。

ともかくも、もはやこの独裁主義者を押し留めることは出来ないのか?真の独立国家になりたいと思いながら、結局ただ一つの戦勝国に依存する体制を改められず、結果として国家存亡にまで追いやる危険を理解できない政治家を選んだ国民の自業自得なのか?良識ある政党であったもう一つの与党の奮起を促したい。

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