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二度目の社会人を始めた男が、新しい挑戦への第一歩を踏み出す!

「どちらでもありません」と表明することの難しさ

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イベントレポばかりつづいたので、普通の記事です。

最近の近況を申し上げますと、ダイエットを約1ヶ月続けております。
大体3キロぐらいは減量に成功しましたが、日々の生活は80%ぐらいの力しかでません。
なんというかエネルギーを抑えている分、
ポジティブな思考にいきにくいところがあります。
それでもコツコツと仕事をがんばってはいます。

今日書いている記事のテーマは「どちらでもありません」です。
最近のニュースは震災以後「賛成派」「反対派」や
ネットの記事なんかを見てみてもデモやらなんやらわりかし物騒な世の中になってるなと
思うところがあります。

それ以前なんて、どこかの受験生がヤフー知恵袋をつかって、
カンニングをしていたとかどうとかの話をしていたというのに。

ちょっと似たような事件として僕はライブドア事件を思い出します。
あの時は世の中が「儲けることに是か非か」
の話なんかが盛り上がったときおくしています。

こうした二元論的な話はわかりやすくシンプルですが、
実際のところ「どうでもいいよ」ならぬ「どちらでもありません」と
思っている人がたくさんいます。

しかしながら、善悪や、「反対でなければ賛成派である」といった決めつけから、
ネットの話題なんかは特に偏った意見が強く押されて行ったりする傾向にあります、
実際の日常生活では「自分の生活が今までどおりならどうでもよい」
と思っている人が多いと思います。

深く考えたり、社会のことを考えたりするのは必要なことではありますが、
自分の幸せや自分の物差しで気軽に生きて生きたい人は、
最近は「どちらでもありません」とは言いづらい雰囲気すらただよっているなと
思うときがあります。


僕はそんな人たちの声に負けずにバランスよく生きてたいなと思っています。

特にオチはありませんが、そんな感じにがんばってます。

Comment(2)

コメント

ardbeg32

「自分の生活が今までどおりならどうでもよい」=「どちらでもありません」ですか?
あるいは
「自分の生活が今までどおりなら『どちらでもよい』」?

確かに社会のことを「どちらでもよい」と表明するのは、今の日本では息苦しいと思います。
しかしなぜ息苦しいかというと「その問題が自分の生活に関わる事とは思ってないの?」という問いに応えられないからじゃないですかね?
心底関係ないことであれば、それでもいいと思いますが、わずかでも関わることであれば、他人事ではいられないと思うのです。
しかし「自分の生活が今までどおりなら」と言う一方で、他人事のような態度を取るのが、息苦しさの原因ではないでしょうか?
「自分の生活が今まで通り」でいられることに、誰かが真剣に取り組んでいるのなら、他人事で済ますわけにはいかないと思います。

クドウ

ardbeg32さん
コメントありがとうございます。
個人的には、社会や、環境に合わせていきていければそれでいいとは思っております。
生きていくうえで、いろんなものが変わるのはしょうがないと思いますので、
柔軟に対応しながら生きていくのが今の時代を生きやすくしていくコツなんじゃないかなと

なので、社会が「今までどおり」である必要も、特にないかなと。
事情や、状況に応じて、「今までどおり」自分の生活をあわせるといった生き方もありますよ。

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