努力をしなければ楽しみも感じられない
我が家の息子は現在中学2年生で、ぐれているというか無気力というか・・・で、今日も帰宅後にいろいろと話をしながら、不満を吐き出させてみたりしていたのですが、
「テスト前は嫌だし・・・でも、テストが終わっても楽しいことがあるわけでもないし・・・」
「あぁ、これだな」と思いました。本当の努力をしていないから一息つけるときにも幸せや楽しみを感じないのです。
テスト前に嫌々勉強をして、適当にやっている振りをしたりしていれば親から叱られたり、実際なかなか捗らなかったりします。テストの後に結果が出てきても、良い結果でもないので自分も嬉しくないですし、まわりからも褒められるどころか叱られるかもしれません。テスト前もテストの後もずっと楽しくないのです。
勉強でも仕事でも、どうせやらねばならないことなのですから、頑張ってみればいいのです。ダラダラやっても楽しくはないのですから。頑張れば結果もついてきますし、開放感や達成感もあり、テストが終わったということだけでも嬉しいと思えるものです。仕事でも同じで、嫌な仕事でも辛い仕事でもどうせやらねばならないのです。月曜から金曜までしっかり仕事をこなすからこそ、週末がホッとできたり楽しかったりするものです。
普段から毎日が日曜日のような状態になると、その状態が全然楽しくなくなります。刺激を求めて大抵はろくでもないことに手を出すようになります。そして、その刺激も物足りなくなり、どんどん悪い方に落ちていくものです。
社会人になれば、学生時代はなんと甘い時代だったのかと理解できるようになります。しかも社会人の期間は学生時代よりはるかに長いのです。週末だけを楽しみに仕事を続けるのも苦しくなることもあるでしょうから、どうせなら仕事自体にも興味を持て、やり甲斐を感じられるような仕事にしたいものです。しかし、その選択のためにも、学生時代の積み重ねはとても大事なのです。学生時代に怠けてダラダラすごした人が社会人になって急にしっかりするとは考えにくいものです。「そのうち何とかなるさ」と考えていると、いつまでたっても何ともならないばかりか、むしろ悪い方に落ちていくものでしょう。
上の娘の反抗期もいろいろと大変でしたが、昨日オープンキャンパスに一緒に出かけてみても、だいぶ将来のことを考えたり、アドバイスに聞く耳を持つようになってきました。私も高校から大学時代にグレて親に心配をかけたものですが、結局は自分の行動が全て自分に跳ね返ってくるものだとわかり、馬鹿なことをしていたものだと自分で思うようになるものです。誰もがそんなものだと思いますが、反抗期は親としては実に悩ましい時期ですね。