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事業アドバイザーとして活動する以前は、会社の経営者として様々な事業を立ち上げていました。その時代の失敗談、成功談から最近の事業アドバイス事例、改善事例など、事業繁栄のヒントになる実体験を書きます。

奨学生のチャレンジ結果は・・・

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関西の電力会社に就職した私は、奨学制度を使って人より上に立つことを目指しました。

対象者は高卒で1年勤務した者で、そこから3年です。

奨学生になるには、まず社内選考に受からなければなりません。

1次、2次の筆記試験があり、3次の筆記試験か面接か何かがあって(思い出せず・・・)、全社から15人ほどが選ばれます。

15人の6割は、いわゆる一浪、二浪生が占め、残りが新人です。
その内の6割は文系出身ですので、工業高校卒の理系の1年目で受かったのは確か2名だったと思います。

その内の1人は私で、ここまでは予定通りでした。

やることをやれば社内の連中に勝つ自信はありましたので、その通りになったのです。

当時配属されていた事業所では初めての選出だったので、陰ながら妬んだり、強がりを言ったりする先輩連中もいましたね。

「悔しかったら、お前も受かってみろや!」とは言いませんが、そんな連中を面白く冷ややかに見ていました。(笑)

これで私は特別な存在になったわけですが、あくまでも社内選考に通っただけで何かが変わるわけではなく、これからが本番です!

予想はしていましたが、工業高校卒で国立大学に合格するのは至難の業です。

たとえば高校の英語の勉強は中学生以下で、英語が苦手な私でも1年生の教科書が「I am a Superman!」で始まっているのを見て、「アホか?!」と思ったレベルです。(笑)

そのレベルから半年ちょっとで合格を目指すわけですから、大変どころではありません!

しかも、普通に仕事をしながらですので、勉強できる時間は限られています。

遊びやら何やらやりたい年頃ですが、とにかく人の上に立つことしか頭にありませんので、そんなことは受かってからたっぷりやれば良いと思って、必死に勉強しました。

大学は、指定校の中で一番レベルが低いところを選びました。

かなり遠方ですが、そんなことより合格することが最優先でしたので、場所や知名度なんて言ってる場合ではありません。

その状況が物語っていますが、現実はやはり相当厳しかったのです・・・。

その結果は、センター試験の結果はパッとせず、2次試験も見た瞬間に「マズイ...」と思う問題で、あえなく撃沈でした。

2次募集も受けましたが、競争率数倍に勝てるわけもなく、奨学生のチャレンジは終わりました。

2年の専門課程コースを選んでいれば、ほぼ間違いなく行けただけに、「道を間違ったな・・・」と思っても後の祭りです。

こうして、普通の社員に戻ったわけですが、これで私の野望が終わったわけではありません!

すぐに次なる計画を考えていたのです。

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