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「若者が辞めていくのは、自己実現できないから」はどこまで本当なの?

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「自分を探す旅に出る」と言って、肩書きがスポーツ選手から「旅人」に変わる人が出るご時世。「最近の新入社員は、自己実現できないからと言ってすぐ辞める」と言いたくなる気持ちも分かるのですが、果たしてどこまで真実なのでしょうか:

欲求が満たされない社員は逃げていく (ITmedia エグゼクティブ)

「自己実現」は基本的欲求(生理的欲求、安全と安定、所属、承認)が満たされて初めて達成される。夢や希望を抱いて入社する新入社員の中には、すぐに「自己実現」ができると思っている人がいるのではないだろうか。

しかし、仕事というものは、入社してすぐの新入社員が思い通りに仕事ができるほど、簡単ではない。スキルや経験などの不足から、仕事ができないと感じることの方が普通である。

すると、新入社員は会社や自分の所属する部署に対して貢献できていないと感じる。具体的には、「人間の基本的欲求」の「所属」と「承認」が満たされない状況に陥ってしまう。欲求が満たされない状況はとても不安であるため、自分が思い描く仕事の成果が出せない原因を自分以外に求めることになる。

マズローの欲求5段階説が引用されていますが、僕は(少なくとも今日においては)マズローの説はあまり説得力があると思えません。よく定説のようにして引き合いに出されますが、具体的な実証データを見たことがありませんし、逆に「待遇は悪くてもこの仕事を誇りに思う」のように「生理的欲求を犠牲にすることを厭わない人」を目にするのは珍しくないですよね(でなければ警察官や消防士といった職業は成り立たなくなってしまうでしょうし、時給たった110円の危険手当で不発弾処理に当たる自衛隊もいなくなってしまうはず)。他の欲求が満たされないと自己実現はできない/しようとしない、また自己実現できないと責任を外部に求める、というのは極論ではないでしょうか。

また最近"Predictably Irrational: The Hidden Forces That Shape Our Decisions"という本を詠んだのですが、その中で面白い実験が出てきます。PCを使った簡単な作業を依頼し、被験者の生産性を計るという実験において、「仕事の結果によって金銭的報酬を与える」というグループよりも「何の報酬も与えない(完全なボランティアとして仕事を依頼する)」というグループの方が生産性が高かったとのこと。だからと言って全ての賃金が廃止されるべきということではありませんが、この結果は「人間は自分の欲が満たされた時、初めて精一杯働くものだ」という考え方に一石を投じるものではないかと思います。

「いやぁ、ウチの人事部は使えない連中ばかり採ってくるから」と自己矛盾した考えをお持ちでない限り、自社の新人だって人生をちゃんと考えている人間だと信じてあげても良いのでは。彼らもこれまでの社会生活を通じて、自己主張しているだけでは何も実現できないことは百も承知のはずです。転職のリスクと、失うものの価値も理解しているでしょう。それでも「3年で辞める若者」が出てきてしまうのは、いったい彼らを動かすものが何なのか、彼らはどんな環境に置かれているのか、企業の側がちゃんと理解しようとしていないことにも責任があると思います。

それを理解するために、何か新しいフレームワークが生まれてくるかもしれません。しかし様々な生き方・考え方が可能になった現在、1つの学説を持ち出して対応しようというのは無理があるでしょう。さらに社内のチームがどのようなダイナミズムで動いているのか、新人と上司がどんな関係を結んでいるのかによっても取るべき行動は異なってくるはずです。「最近の若者は自分のことしか考えない」のような偏見、「この理論を適応すれば大丈夫です」のようなコンサルタントの戯言(含む僕のブログ)に惑わされずに、自分の会社のケースを見極めること。それが重要ではないでしょうか。

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