米国社会では、日本社会では暗黙知として既に共有していることを、後になって新しい発見したかのように取り上げることが多いような気がします。
本日(7/26)の日本経済新聞夕刊「ウォール街ラウンドアップ 短期利益主義に批判」という記事で、その一例が紹介されていました。
この記事では、全米アナリスト協会と「企業倫理に関するビジネス・ラウンドテーブル」が発表した「短期利益主義の打破」というレポートが紹介されています。米国企業で慣例となっている四半期毎業績予想の弊害を説く内容で、四半期予想が株価の変動率を高めている、と指摘しているとのこと。
このレポートは読んでいないので安易なことは言えませんが、記事の内容を見る限り、四半期毎予想がよいことばかりではない、という結論は日本人は以前より皆なんとなく感じていたことだと思います。
日本では、会社は短期の利益を追いかけるべきではなく、長期的な視野を持って発展を考えていくべき、という感覚を比較的共有しているのではないでしょうか?
最近、「米国社会はロー・コンテキスト社会であるのに対して、日本社会はハイ・コンテキスト社会である」という話を聞きましたが、これが原因の一つかもしれません。前者はコミュニケーションが明示的に行われるのに対して、後者は暗黙知を共有した上でコミュニケーションが行われます。
つまり、米国社会では一つの事象に対するコンテキストの共有に時間がかかるのに対して、日本ではある程度暗黙知が共有された状態であれば一つの事象に対するコンテキストの共有は簡単に行える、ということのように思います。
一方で、四半期毎業績予想の弊害は日本人は何となく分かっていましたが、明示的に説明してきていなかったように思います。ロー・コンテキスト社会だからこそ、明示的・論理的に説明できたのかもしれません。
ロー・コンテキストとハイ・コンテキストのどちらが正しくてどちらが劣っている、ということではないと思います。状況によってロー・コンテキストが合う場合もありますし、ハイ・コンテキストが優れている場合もあります。
お互いのよさを理解し、よいところは謙虚に取り入れることが必要なのでしょうね。
Special
- PR -| 今泉 | 2006/07/27 08:37 |
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永井さん、こんにちは。 ナレッジマネジメントも、サプライチェーンマネジメント(リーンプロダクション)も、元はと言えば、日本企業の観察・研究から生まれたものですものね。コア・コンピタンスもそうでした。 けれども日本企業は多くの場合、それを世界的な視点で改めて評価することができずに、自分たちの間では「意外とつまらないもののように」思っているケースが多いように思います。「なんだそんなもの、当たり前じゃん」的な卑下した受け止め方が横行する傾向があります。 | |
| 永井孝尚 | 2006/07/27 12:53 |
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今泉さん、 ところで、某所でハイコンテキスト人間か、ローコンテキスト人間かを診断するテストを受けたのですが、私はローコンテキスト人間でした。(^^; | |
| 今泉 | 2006/08/02 18:22 |
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永井さん、 | |
| 永井孝尚 | 2006/08/02 22:31 |
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今泉さん、 | |
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