セールスジャパンの経営を始め、様々な事業活動に携わるマイク丹治が、日々仕事を通じて感じていることをつづります。国際舞台での活動も多いので、日本の政治・社会・産業の課題などについて、グローバルな視点から、コメントしていきたいと考えています。

正月の意味

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まあ、年を取った頑固じじいと言われそうだが、ずっと不思議に感じていることがある。自分が子供の頃は、夏休みなどの長期の休みを除けば正月が一番の年間行事だった。大晦日の紅白と除夜の鐘、年越しそばはあまり食べた記憶がないが、元旦の雑煮に初詣、凧揚げや羽子板などもよく覚えている。

そして必ず松飾りや鏡餅。だが、いつのころからかしめ飾りをつけている車を正月に見るのは稀になった。一方でクリスマスがどんどん派手になり、イルミネーションが街を覆い尽くす時代があった。ところが、今年の風景を見ていても今やクリスマスはあまり盛り上がっていないように感じる。そして、一番盛り上がるのがハロウィーン?

自分自身も、子供の頃から何故かクリスマスにはワクワクし、貧しかったのでプレゼントも立派なものはもらえなかったが、結構クリスマスキャロルも歌える。米国に在住していた時、子供の保育園のクリスマスに際に、教会で皆で歌う歌をほとんど歌えたのは記憶に残っている。

ハロウィーンも、米国にいた時住んでいた家の近所に、とても優しい老夫婦がいて、子供を連れて行って"Trick or Treat"というと必ずキャンディをくれたものだ。

だが、いずれにしてもこれらのイベントはキリスト教徒だったり、要は日本の文化に基づくものではない。もちろん同じ趣旨の祭りなども日本にも存在するし、それはそれでそれぞれの地元では一生懸命やっている人たちがいるが、社会全体としては盛り上がっていない。

その上に、コンビニや百貨店、スーパーが開いていて正月感がない昨今の正月。おせちなどは保存食、三が日は店が開いていないから、炬燵に座っておせちを食べる、それが一つの風情だったし、初詣に行く以外は家にいて、家族がともに時間を過ごし、静かな時間の中で年の初めに、過去を振り返って反省するとともに、新たな一年の計を立てる、それが正月の意味だったのではないか?

正月の営業開始日を遅らせる計画を示していた三越伊勢丹は、社長の交替に伴いこの計画を変更し、他の百貨店と同様ほぼ2日の初売りに戻るようだ。元々営業開始日を遅らせるのは、従業員の負担を軽減するためで、私の主張とは直接の関係はないが、病院など年末年始だからといって閉めることが出来ない業務ではないのだから、百貨店は閉めても良いのではないか?

コンビニが開いていないと、困る人たちがいると言うが、昔は空いている店はなかったわけだから、社会全体がそのように認識すれば、皆それに合わせた準備をするはずだ。三越伊勢丹も、今回戻した理由の一つが正月の売上の確保。だが、ただ収益を求め、或いは便利だけを求める社会に、何とも言えない不安を覚えるのは私だけだろうか?

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