シリコンバレーのサムライ・ウルフが、イノベーションについてつぶやきます。(時々吠えることもあります。)

世界を変えたiPhoneの源流

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 2017年6月29日、この日、発売から10年を迎えた製品がある。たった10年で人々の生活シーンを変え、開発した会社を時価総額80兆円規模と世界一価値のある企業へと押し上げた。世界を変えたともいえる製品、それが米アップルのiPhoneである。

 しかし、当時アップルのシニアマネージャーだったアンディ・グリニョンによると、スマートフォンの開発に着手した当初、担当チームは世界を変えることを計画していたわけではなかった、という。単に音楽プレーヤーに電話機能を加えた「電話ができるiPod」がiPhoneの原型だと。

 それがどうだろう。発売してみれば電話や音楽よりも「人々や情報とつながる手のひらのコンピュータ」として世界中に普及した。写真やビデオは、従来の専用カメラではなくスマートフォンで撮影し、それを共有するサービスが爆発的に伸びた。サーチエンジン、地図、GPSなどを内部に搭載した基本ソフトの上に外部アプリケーションが搭載されることが可能となり、世界中のエンジニアがおびただしい数のアプリケーションサービス(アプリ)を開発し、iPhoneというたった一つの製品が多くの既存製品を淘汰した。

 携帯電話、デジタルカメラ、カレンダー、予定表、手帳、(紙の)地図、目覚まし時計、電卓、カセットレコーダー、万歩計など枚挙にいとまがない。

 現在では「クラウド」と呼ばれるネットワーク化されたシステムにより、重たいコンピュータを持ち歩かなくても、中央に保管された自分のデータや世界中のデータや知識にスマートフォンからアクセスできるようになった。まるでスマートフォンと共に世界を持ち歩くようなものだ。

 さらに、スマホが万人に浸透すると、「人と人」、「人とサービス」をつなげる「応用」が急速に広まった。一般人の車がリムジンやタクシーに早変わりするサービスは、世界中のタクシー業界を一撃した。既存のタクシー市場の何倍もの新しい市場を生み、「人の運搬ビジネス」を数年で立ち上げてしまった。

 では、前述のグリニョン氏の言うように、アップルはこのような革命的な市場の変化を本当に予想していなかったのだろうか?

 私は、そうではなかったと思っている。なぜなら、iPhoneは、アップル創業者の故スティーブ・ジョブズのリーダーシップの下に生まれたからだ。

時代がビジョンに追いつく

 ジョブズ亡き今となっては想像するだけが、アップルの創業期からジョブズのメンターだった友人によれば、「彼の頭の中には大きなビジョンがあったはずだ」というのだ。もともとジョブズは、彼のビジョンがあまりに先に行き過ぎていて技術がついてこられず、アップルで何度も挫折した。結果、自ら創業した会社を追放される、という苦い経験もした。

 彼がアップルに戻って来た時には、運良く世の中の技術がかなり揃っていた。今まで高価なコンピュータでしか扱えなかった通信や映像を扱える半導体チップ、高精細のカラーディスプレー、基本ソフトウェア、通信技術、GPS技術などの端末側の技術、それにサーバー、データ格納庫、通信ネットワーク、通信プロトコルなどのネットワーク側の技術である。日本企業からはカメラ技術や個別半導体などが提供された。

 これらのどれが欠けても現在のようなスマートフォンの機能やサービスは実現できない。ジョブズが「次世代のパーソナル端末」として夢想したことを実現するすべての要素が揃ったのだ。

 自らの壮大なビジョンを大真面目に捉え、その開発を実行したのはジョブズの力である。だが、時代がビジョンに付いてきたのだと思う。

 私の会社は、シリコンバレーを拠点とし、先端事業の創造をコンサルティングしていた。当時、実はアップルとほぼ同時期に、iPhoneと酷似する製品・サービスのビジョンを「One Phone」いう名前で日本のクライアントに提案していた。

 通信や地図などの基本サービスの上に、多くのアプリを外部から導入する。データやサービスはネットワーク(クラウド)側が担い、重たいコンピュータを持ち歩かなくても、中央に保管されたデータや世界中の知識に端末からアクセスできる。

 その後発売されたiPhoneとの違いといえば、画面上をタッチするソフトキーボードを我々は考えておらず、横長のキーボードを考慮して端末は横置きを基本にしていたことくらいだった。いずれにしても、世の中のすべての人に個々のモバイルデバイスが紐付き、アプリケーションが作動し、データが連携してカスタム化されたサービスが提供される、というビジョンは我々も具体的に持っていたのだ。

 なにも、我々のコンサルティングチームが天才だったと自慢したいわけではない。我々は当時からシリコンバレーにある数千社のスタートアップ企業を分析してその示唆を得ていたのである。スタートアップ企業はそれぞれの経験やアイデアで事業創造に全力疾走している。毎年何千社も生まれてくるスタートアップ企業をつぶさに見ていると、いろいろなアイデアが得られるのだ。

 一例を挙げよう。多くの端末がネットワークにつながるようになると、ユーザーのデータが集まるようになる。お互いのデータを総合的に分析すれば、ひとりひとりのニーズがより具体的に分かるようになる、というコンセプトは、その当時ベンチャー起業家の間で議論されていた。「ビッグデータ」という言葉を初めて聞いたのはその頃だ。

ジョブズのアイデアの源

 ジョブズとその側近が同様のビジョンを持ち、その実現が現実になる時代が来たと思ったであろうことは想像に難くない。

 2004年くらいだったと記憶している。我々のチームがアップルとの意見交換に行ったとき、5分で部屋を追い出された。それは、我々のアイデアがアップル社内の検討内容に近かったことを意味した。

 特許申請が終わってない段階や開発の途中で、外部の人と似たようなアイデアを意見交換すると、オリジナリティーの主張が損なわれる危険がある。我々とのミーティングをアップルの開発者がすぐ打ち切ったのは、自分たちの知的財産を守るためだったのであろう。

 天才肌のジョブズでさえ、新しいビジョンや発想のヒントは外部から得てきた。

 例えば、今では当たり前になったパソコンの画面を操作するマウスも、そもそもはジョブズが、当時シリコンバレーで独創的な研究で知られていたパロアルトリサーチセンター(PARC、当時はXerox PARC)を見学して知った技術だった。

 後にiPhoneの源流となるiPodの基本アイデアをアップルに持ち込んだのは、スマホの原型であるPDA(Personal Digital Assistant、携帯情報端末)の基本ソフト「Magic Cap」を開発したゼネラル・マジック社にいたトニー・ファデルである。これは偶然ではない。

 世界を変えたiPhoneは確かにジョブズの率いるアップルが開発したものだ。しかし、そのビジョンや、内部に詰め込まれた多くのアイデア、そしてそれを実現する要素技術は、シリコンバレーのエコシステムから生まれたものだ。スティーブ・ジョブズという強烈なリーダーとシリコンバレーのエコシステムから誕生した奇跡がiPhoneなのだ。

(週刊ダイヤモンド 2017.8.5号)

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