シリコンバレーのサムライ・ウルフが、イノベーションについてつぶやきます。(時々吠えることもあります。)

経営パラダイムは暗黙知から形式知へ

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 日本のものづくりには長年蓄積した職人芸的なノウハウがあり、部品のすり合わせ技術に優れる、とされている。このようなノウハウや知識は「暗黙知」と呼ばれ、野中郁次郎氏が再定義したナレッジマネジメントのコンセプトとして広く知られるようになった。暗黙知は、共有が難しく時間がかかり、改善も難しい。だから、共有するには人間同士の濃密な交流が長時間必要である。

 日本企業では、終身雇用により、それぞれの企業の固有の価値観やプロトコルを共有することができ、ロジックのステップをすべて具体的に説明しなくてもお互いがあうんの呼吸で暗黙知を共有できた。従って、日本の経営者は従業員の一体感の醸成に多くのエネルギーを注いできた。

 一方、ITシステムの根幹となるデータなどによる知識は「形式知」と言われる。形式知とは、言葉や文章、数式、図表などによって表出することが可能な客観的・理性的な知のこと、と定義される。

 長い間、暗黙知を得意とする日本企業が高品質の製品やきめ細かいサービスで世界をリードしてきた。しかし、すべての産業がITなしでは考えられなくなってきた昨今、形式知の重要性が高まっている。それに対して、日本の企業経営は形式知への転換の準備ができているであろうか?

 日本のあるITシステム開発会社が、開発作業をインドにアウトソースし始めた時大きな問題が起きた。具体的なシステムの要件定義や開発スペックを提示されない限りインドの開発エンジニアが動いてくれないのである。日本のシステム会社は、システムの目標に関して曖昧な説明しかしてくれない顧客企業と具体的な要件定義を要求するインドのソフトウェア開発者との間で機能不全となり、その後結局インドへのアウトソーシングは大幅に縮小してしまった。

 筆者は、シリコンバレーの経営コンサルティング会社でアメリカ人のコンサルタントたちを率いたが、その経験は、日米の経営文化の差を目の当たりにする機会となった。パートナーがクライアントの課題を最初から明確にチームメンバーに提示し、さらに問題を分解して各メンバーにテーマを与えなければならない。もちろん最初は仮説を元にしていることも多いが、最初からロジックが明確でなければ、アメリカ人のコンサルタントは仕事をしてくれない。

 さらに、アメリカ人は、議論を進める過程で、問題を構成する部品に分解して、順番に議論していく。直感的に落とし所を探る日本人からすると、まどろっこしく感じるが、時として直感的には予想できなかった方向性に発展することがある。これが新たな解決策を生むのである。

 これからの日本の課題は、形式知に向き合う文化にどう発展させるかではなかろうか。ITシステムによる情報処理能力の格段の向上、桁違いの情報量を扱うビッグデータ、AIによる高度な情報判断、情報を処理し学習できるロボットなどの技術が臨界量を超え、形式知が暗黙知を超える時代が来つつあるからだ。暗黙知に頼る事業運営を続けている限り、ホワイトカラーの生産性は上がらないし、事業改革も期待できない。

 広告宣伝の効果把握は既に形式知の分析が主体となっている。金融の顧客管理や与信などはFinTech(金融のためのIT技術)による判断が主体となってきた。ホワイトカラーの仕事のかなりの部分はITやロボットに置き換わるであろう。また、病気の診断が医師からロボットに置き換わる時代が近いかもしれない。我々はもう形式知の時代に突入しつつあるのだ。

 普遍的な言葉で経営課題を具体的に説明し指示できない暗黙知型経営者は、経営を次世代に託そう。生まれた時からIT前提で育った若者が経営を担うことで、形式知をベースとしたIT中心の経営パラダイムへのシフトが始まることを期待したい。

(日経産業新聞 3/15/2017)

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