シリコンバレーのサムライ・ウルフが、イノベーションについてつぶやきます。(時々吠えることもあります。)

起業家による卒業式招待スピーチから得ること

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 米国の大学の卒業式では、最近ベンチャー企業の創業者が招待されるようになった。

 マイクロソフトを創業したビル・ゲイツ氏はドロップアウト(中退)した母校のハーバード大学で招待講演をしている。大学を2年で辞めてアップルを創業した故スティーブ・ジョブズ氏は、出身校ではないがスタンフォード大学の卒業式でスピーチしている。

 特にジョブス氏の2005年のスピーチは、シリコンバレーの精神を示す伝説的な名スピーチとして記憶に刻まれている。スピーチをしめくくった「Stay hungry, stay foolish」という言葉は、シリコンバレーの起業家たちの心に今もまっすぐに突き刺さる。

 「常に求めよ。決して分かった気になるな」と和訳できる彼の言葉。これには「自ら道を拓(ひら)いて大きな事業を立ち上げるまでには、多くの失敗があるだろう。チャレンジすればするほど自分の無知さを知ることとなるが、それが人を成長させる。自分の無知を知ったうえで、さらに先を求めよ」との思いが込められている。そしてジョブズ氏は「他人の雑音に惑わされず、自分の心の声を聞け」と若者の自立を促した。

 最近は卒業する学生たちとほとんど年齢が変わらない童顔の起業家も卒業式の壇上に立つ。13年に母校のマサチューセッツ工科大学(MIT))でスピーチをしたドリュー・ハウストン氏は当時、弱冠30歳。多くのノーベル賞受賞者を輩出している大学における卒業講演としては異色の内容だった。

 ハウストン氏が開発したドロップボックスは、今や世界中で5億人が使うオンラインストレージだ。彼が最初に始めたベンチャー企業は失敗したが、その失敗がきっかけで「心の声を聞く」ことができ、「本当に夢中になれる」ことを見出した。それがドロップボックスの開発につながった。そして、「失敗そのものがリスクなのではなく、居心地よく満足してしまうことがリスク」だと言った。まさに「Stay hungry, stay foolish」ではないか。

 若い講演者と言えば、今年のハーバード大学卒業式に招かれたマーク・ザッカーバーグ氏も33歳の若さだ。ザッカーバーグ氏が04年に始めたフェイスブックの時価総額は、今やトヨタ自動車の倍以上までになっている。

 彼はスピーチで、すべての若者が生きる目的を持てるような社会を作ることを訴えた。そして「(大人が言うように)最初から目標が見えていることなどなく、どんなに大きな成果でも最初は小さな実行から始まる」と述べた。「少年よ、大志を抱け」ではなく「青年よ、まずは動け」なのだ。

 これら新しい世代の講演者の話には共通点がある。個人個人が自らの心の声に耳を傾け、常識や周りの空気に惑わされず、まず実行し、失敗し、再び果敢に挑戦し、最後に成功する。これが、今世界で一人勝ちを続けるシリコンバレーの価値観だ。

 この価値観に対峙する考え方は、大人の言うことをよく聞き、周りの空気を読み、コンセンサスを最優先し、失敗をとことん回避する。安全・安心が何より大事。これはこれで居心地はいいかもしれないが、果たして未来はどうなってしまうのだろうか。

 挑戦しているのは若者だけではない。有名大学が自らのブランドに安住せず、常に前に向かって変革を試みているところが米国のすごいところだ。例えば、ハーバード大学とMITは「edX」と呼ばれるオンライン教育のプラットフォームをいち早く実用化している。

 12年のMITの卒業式では、サルマン・カーン氏が講演した。カーン氏が創立したカーンアカデミーは、動画投稿サイトの「ユーチューブ」で教育講座を無料配信する非営利団体である。考えようによっては、既存の大学に挑戦する破壊的な試みとも取れる。その立役者をMITは卒業式のスピーチに呼んだのである。

 踊り場に来た日本を大胆に変えていくには、強いリーダーの育成が必要だ。そのためには、教育を根底から見直さないといけない。まずは、若き挑戦者たちの主張に耳を傾けてみようではないか。

(日経産業新聞 7.11.2017)

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