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シリコンバレーのサムライ・ウルフが、イノベーションについてつぶやきます。(時々吠えることもあります。)

大企業はもっとベンチャーを利用すべし

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今年は日本に何回も出張し、新しい事業開発プラットフォームの提案をするために多くの大企業を訪問してきた。そこで見てきた日本企業の病状は想像以上に悪い状態だった。表面的に見える「安泰」な雰囲気とは逆に病気は深く進行しているように見える。癌で言えばステージIIIくらいではないだろうか。症状の自覚はあるのだが、まだ病院に行かなくても自然に治るかもしれない、と問題を先送りしているが、実は手術できないくらい病巣が転移している。そんな状態だ。大企業がコストカットに明け暮れた2009年から年が明けて、今年からは再成長のシナリオづくりが企業の課題であることに異論を挟む経営者はいない。しかし、現実は未だに道筋が見けられないでいる企業ばかりだ。と言うより、正直言ってどう道筋を見つけたらいいかもわからない、という企業がとても多い。
どうしてこうなったか?
基本的には制度疲労だ。高度成長期は市場の需要に追いつくための供給側の強化が経営課題だった。供給側の企業間競争は熾烈だった。その中で世界に冠たるカンバンシステムや品質改善運動が創造された。終身雇用が可能だった。これからは、需要を創造することが課題だ。ビジネスモデルを考える能力や提案する能力が鍵となる。悲劇なのは、現在の経営トップ、経営幹部は古い価値体系で成功体験を積んできた人たちだということだ。新しい葡萄酒には新しい皮袋が必要だ。ここまでは、多くの識者やコンサルタントが既に指摘している通りだ。
では、どうしたらいいか?
企業が成長するための方策には大きく分けて2つある。ひとつは、すべて自前で計画・実行する方法。これが現在は大勢を占めていることは言うまでもない。ただ、既存事業での成功体験に裏打ちされた常識を自ら打破してイノベーションを進めることにはジレンマがあり、そこにはとてつもなく厚い壁がある。これが既存企業の未だに変革できない原因のひとつとも言える。
もうひとつの方策は、外部を積極的に利用することである。企業買収や合併(M&A)はそのいい例である。しかし、今まではリストラや他企業の救済といった後ろ向きのことが多かった。これからは、新しい成長を目指したM&Aが増える。HPとDellによる3PAR(http://www.3par.com/index.html)の争奪戦は記憶に新しい。我々が投資したBigFix(http://www.bigfix.com/)も最近IBMに買収された。どれも新成長戦略の一環だ。
さらに、外部利用の方策としてこれから注目すべき方策は、ベンチャー企業との関係強化である。具体的には、提携・出資・買収などが考えられるが、ベンチャーの活用はさらにもっと広く捉えるべきである。数あるベンチャー企業がそれぞれ持っている強い仮説を吟味すると、それが逆に新たな仮説を生む。新しい市場でのユーザーニーズ、新しい技術の発展とその応用への示唆、それぞれで仮説が生まれる。これらの仮説がぶつかり合うことで、将来の事業の絵、すなわちビジョンが描けるのである。このように、既存企業への示唆を得るという観点でもベンチャーを再認識すべきだ。さらに、既存企業とベンチャーとの関係が正のスパイラルに入れば、日本にとって懸案のベンチャー企業の振興にもつながる、という副産物も期待できる。
既存企業がベンチャー企業との関係からどうメリットを得ることができるかをアメリカのIT業界の例で見てみよう。この点についてはアメリカが先進国である。IBMは巨象と言われるくらい大企業病になり、1992年には50億ドルの損失を計上するくらい落ち込んだ。翌年ルー・ガースナーが外から社長に迎えられ、その5年後には見事に黒字回復した企業再生の成功は有名な話だ。鍵はソリューション事業への業態変革だった。1995年にグループウェアで業界随一のベンチャーだったのロータスを35億ドルで買収。これは、IBMとしては初めてのソフトウェア会社の買収であった。その後は毎年のようにソフトウェア会社を買収しソリューション企業としての地位を確固たるものとした。
新興企業でもベンチャーとの関わりによって事業転換を図る例は多い。グーグルはサーチエンジン会社として大成功した企業として名高いが、実はグーグルの成功はサーチエンジンそのものよりも、それを広告エンジンとつなげて新しい収入モデルに先鞭をつけたことに鍵があった。その広告エンジンだが実は最初のアイデアはグーグルではなくオーバーチュアという外部のベンチャー企業のものだった。グーグルはオーバーチュアに触発されて広告エンジンを開発し、画期的な事業モデルを創造した。つまり、サーチエンジンと広告エンジンそれぞれ単独では収益を生まないが、2つ合わせることによりひとつの産業が誕生し、グーグルはそのリーダーとなれたのだ。
ここで余談になるが、グーグルはオーバーチュアの知的財産のかなりの部分をコピーして同様のエンジンを自社開発した。(早い話が、アイデアを盗んで自社開発したのだ。)オーバーチュアは強く抗議したがグーグルは無視した。既に資金が豊富だったグーグルはまだちっぽけなベンチャーだったオーバーチュアには訴訟を起こす体力はない、と踏んだわけだ。(これは日本でもアメリカでもよくある話。)涙を飲んだオーバーチュアだったが、2003年にヤフーに$1.63 billion(16.3億ドル)で買収されて風向きが変わった。グーグルにとっては今度はヤフーという大物が相手だ。特許抵触の訴訟をヤフーに起こされたグーグルは$230 million(2.3億ドル)で和解した。それでも十分おつりは来たけれど。
最近元気のいいアップルにも低迷の時代があった。新しい成長のきっかけを作ったのが音楽プレーヤーのiPodだ。実は、これも最初は外のベンチャー企業からの持ち込み案件だった。そもそもiTunesと音楽プレーヤーを組み合わせようという基本アイデアさえも、Tony Fadellという個人コンサルタントのアイデアだった。Steve JobsはそのFadellの提案に乗り、Fadellに市場調査を2カ月でやらせ、さらにその後は開発も指揮させた。さらに、iPodのハードは、私の業界仲間であるGordon Campbellが出資していた創業2年のベンチャー企業の製品を元にたった6カ月で設計したものだ。Steve Jobsは独裁的な経営で知られるが、アイデアはしっかり外から取り入れていることを忘れてはならない。
アップルのその後の携帯電話への参入を経ての快進撃はよく知られる通りだ。これまでアップルは広告型の収入モデルを一切排除してきたが、最近その方針を変えた。グーグルが携帯電話分野に参入し、広告型の事業を推進する戦略だからだ。グーグルは、携帯の広告ネットワークの最有力ベンチャーAdMobを$750 millionで買収。そのすぐ後にアップルは、同じ分野で第2位のベンチャーであるQuattroを$275 millionで買収することを決めた。
このように、ベンチャー企業は既存企業の業態変革や再成長へのきっかけを提供してくれる貴重な存在だ。それは新しい技術を導入するという単純な話ではなく、新たな市場の流れを掴み、潜在顧客ニーズを顕在化させる新事業の斥候隊の役割を果たしていると言えよう。特に昨今のように実際に市場に出してみなければわからない製品やサービスについては、ベンチャーが先に市場実験してくれているようなものだ。大企業は、ベンチャーを事業モデルの斥候隊としてもっと活用すべきだ。

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