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ITとは無関係な話/通夜と葬儀

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叔母が急死した為、地元の山口県下関に金曜日午後から帰っていました。本日やっと出社することができました。

僕が、下関に着いたのが23時過ぎ、喪主の到着が一時間遅れ。午前2時から、通夜と葬儀の打ち合わせを葬儀場で、担当の方と行いました。通夜・葬儀というのは、決めることが、本当に沢山あって、20項目位に5つか6つオプションが夫々あって、つまり5の20乗くらいのバリエーションが、作れるのです。それを一つづつ、決めていきました。終わったのが午前4時。

参列者の数が分からないと、注文が出せない項目(精進揚げの数とか)に関しては、翌日調査して報告。通夜・葬儀は、当然の事ながら、何の準備なく行うので、お坊さんの手配から、通夜・葬儀の日時場所の連絡、会葬御礼の品の手配・挨拶状の印刷など、午前4時から、お昼までには終わらせないと、夕方からの通夜には間に合いません。もうてんやわんや。

通夜が始まると、「一升瓶もってこい」とお怒りの遠縁の方などの相手をしつつ、夜通しで、線香とロウソクが消えないように寝ずの番をします。結局、男4人で、合計3升くらい飲むハメになり,朝の気分の悪いこと悪いこと。

葬儀は葬儀で、朝の9時から、「おとき」といわれる朝食を皆でたべるところから始め、斎場に行き、また葬儀場に戻り精進揚げを食べて解散したのが午後4時。

通夜と葬儀がこんなに忙しく慌しいのは、遺族が悲しみを忘れる為なんだろうなあ…とシミジミ思いました。小さい時からお世話になった叔母さんの葬儀なのに、全く泣く余裕がなかったし、「こんなところで泣いていては、駄目だ」なんて思っていました。徒に感傷に浸ることは、故人の意思にも反することなので、昔からこういう忙しい儀式を作って、悲しみを遠ざけようとした…としか思え無いくらいの殺人的スケジュールでした。

結局3日間殆ど睡眠をとることもなく、その翌日も清算やお寺との打ち合わせや親族会議で過ぎて行き、東京に戻ったときには、もうバテバテでした。

金曜日の夜から、丸6日経過して、やっと気持ちの整理をつけつつある今日この頃です。(体調は回復しません)ITメディアで、通夜と葬儀について書いたのは、僕が初めてかもしれませんね。ここ、数日間はIT的事象には、全く無縁でしたので、大目にみてくださいませ。

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