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クラウドコンピューティングがコスト削減に効くカラクリを、じっくり客観的に考えてみよう

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「使った分だけ払い」で利用状況に即した柔軟で無駄のない課金や
資産の費用化による資金調達コストの抑制、運用人件費の削減など
ユーティリティコンピューティングな側面が「クラウド=コスト削減」という
コンセンサスの醸成を牽引していると思われる。

ここでは、サービス提供者側の視点に立ってコスト削減のカラクリを整理したい。
くどいようだが、マイクロソフトでこうやって価格を決めているという話ではない。
あくまで他の産業とたいして変わらないという前提に基づく見解である。

さて、話を単純化すると、利用者がコスト削減の恩恵を受けられるのは、
クラウドのサービス提供価格が安いからである。
ではその価格はどのような事情で決まってゆくか考えたことはあるだろうか。

一般的に3C (社内事情、競合、顧客・市場)の観点から考察をはじめてみよう。

価格に影響を及ぼす要素として、
1.社内事情によるコスト構造、
2.競合状況、
3.お客様および市場の都合による価格弾力曲線
の3点をそれぞれもう少し深掘りしてみる。

まず、クラウドのコスト構造は、データセンター的要素と
プラットフォームビジネス的要素が組み合わさったものとなる。

超大規模データセンター的要素として下記4点と
1.1.一括調達とスケールアウト技術によるハードウェアコスト圧縮
1.2.グローバル規模での立地最適化
1.3.トラフィックの平準化による設備稼働効率向上
1.4.環境・雇用面からの助成金、支援金、税制優遇などの獲得

プラットフォームベンダーとして下記2点でほぼカバーできるだろう。
1.5.研究開発費
1.6.開発者支援などのマーケティングコスト

いくつかの要素について補足しておく。
サーバー出荷台数の大半をクラウドベンダー向けの需要がしめるようになるかもしれない
という憶測と共に、一括調達によるハードウェアベンダーへの圧力も重要ではあるが、
壊れることを前提にしたサーバーを管理するためのスケールアウト技術により、
費用対効果の悪いスケールアップアプローチの制約をとっぱらったり、
関係者の間では「電気代がサーバーより高くなるかもしれない」といわれている議論も
一般的には見落とされがちな議論もある。

これはすなわち、1.2.のグローバル規模での立地最適化の観点で、データセンターの
主要なランニングコストを構成する電気代、ネットワークコスト、保守人件費が最も
効率的となるように建設計画を進めていることに現れている。そもそも電気代には
国によってバラツキがあり、寒冷地に建設すれば冷却用の電気代が下げられる。
一方で情報の消費地となる国や地域との間のネットワークコストも大きな問題で、
ホップ数が多い場合のレイテンシーを回避するための対策費用などがかさむ場合もある。

さらに、情報の消費と生産地域間の時差をうまく利用してトラフィックを平準化できれば、
1日24時間内のサーバー稼働率をピークに近い領域で安定させることができるため、
トラフィックに対して必要となるサーバー数や関連設備の規模を押さえることができる。

また、クラウドを単なるサーバー貸しとせず、AzureやGAEのようにアプリケーションの
開発・実行プラットフォームとして提供する場合、エッジな技術、勃興市場であるが故に
関連する研究開発費が莫大にかかってしまう恐れがある。ただし、既存の技術展用を
うまく行えた場合、見かけほど大きな投資を負担することなくクラウドに適用させれば
すむ話も多いだろう。例えば、GoogleがRDBMSを開発しているかもしれないという話もあるが、
SQL Serverの技術を転用できるAzureの方が開発投資効率の面だけみれば有利であるといえる。

続いて競合状況の観点からの影響としては下記2点が大きい。
2.1.市場創世期であり、基準価格は外部環境の影響を受けて変動しながら醸成されている最中である
2.2.比較的財務体力に余力のある企業が、戦略的な価格でリーダーシップをとろうとしている

先日AmazonのS3が大幅な価格改定を行ったが、しばらくこのようなことが続くかもしれない。
競合各社はいずれもスピードを持ち合わせる企業であり、外部要因により柔軟に価格を変える
戦略をとることができる。例えば、ストレージやCPU処理能力などは、数年のうちに単価が
大幅に下落することもあるため、適正価格が醸成されるまでにはしばらく時間を要するだろう。

また、各社とも他の事業で安定した収益を確保しており、新規事業であるクラウド分野で
ノーガードの殴り合いをしても倒れない自信がありそうなプレーヤーが多い。
不当なダンピングといわれても、関連事業とのシナジーで正当化することもできるだろう。

クラウドコンピューティングサービスを単体の事業として捉える場合、厳しい競合環境で、
損益分岐が非常に高い状況になってしまっており、これから新規に事業化を目論むためには
相当の際だった差別化が必要であり、直感的にはやめておいた方が良さそうだ。

最後に価格弾力曲線の話。
厳しい経済環境下、クラウドベンダーの競争も落ち着いていない現状においては
「安ければ何でもよい」という意見が多く見受けられ、価格弾力性は高い状況にある。
その流れを助長するオープンマニフェストの騒ぎは記憶に新しいが、基本的には
スイッチングコストを高くして価格弾力性を下げるために、自陣営に囲い込もうとするのが
ベンダー側の自然な発想である。

「特定ベンダーに囲い込まれるなどまっぴらゴメン」という意見もあるだろうが、
少なくとも新興市場が落ち着くまでは、囲い込まれておいた方がメリットは多いのではないかと思う。
その過程で「安ければ何でもよい」という初期段階の消費意識から、提供側も利用側もいくつかの
失敗を繰り返し、違いのわかる成熟したオトナの価値判断基準が市場に芽生えてくる。
単なる価格競争を扇動するよりは、利用者にとってメリットの大きい付加サービスを
もうしばらく考えさせた方が世の中のためになるだろう。

また、大規模エンタープライズ市場と中小・個人のコンシューマー市場では状況が異なる点も
他の商材と変わらない。価格弾力性はエンタープライズでは低く、コンシューマーでは高い。
コンシューマーの側面だけを見て価格が命、と決めつけてしまうのは早計だろう。
いろいろ選択肢が出そろった中で、それでも低価格プレーヤーを選ぶ、という話は
あるだろうが、顧客の過度な期待と圧力で市場をつぶしてしまってはもともこもない。

…といったあたりが、現時点における私の個人的な考察である。
どうだろうか。製造業や装置産業で工場や設備の新規設営をする場合と、
それほど変わらないと思われた方もいるのではなかろうか。
仕入れや生産設備を担うクラウド側からから、川下に進めて物流や販売、保守などの
プロセスを考えて行くと、もう少し手触り感のあるクラウドビジネスへの絡み方が
見えてくるかもしれない。自分なりの現場感を持つことで振り回されないようにすべきだろう。

このようないわゆるパブリッククラウドのダイナミズムを見ると、プライベートクラウドという
アプローチはいずれの視点でも中途半端であまりセンスのよい選択肢とは思えないが、
その中庸感が日本人にはあっているという意見も否定はしない。

マイクロソフトの場合、おそらく既存商品群とのカニバリゼーションの話が
影響を大きく及ぼす可能性もあるが、これも一般的な話で、自社内競合商品の
収益を食うマイナスを、他社に新しい市場シェアを奪われないための投資として
決断できるかどうかであろう。

幸いなことにソフトウェア業界というのは原価率が低いので、
製造業一般と比べ、価格戦略にはかなりの自由度がある。
夏に予定されているAzureの価格発表が楽しみだ。
「最大多数の最大幸福」な市場がフェアに形成されて行くことを切に願うものである。

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