アジャイルに行こう!

スクラムの原典を読み解く(5)

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「マルチ学習」

メンバーはグループ全体として学習し、さらに専門を超えて学習する。

オリジナルでは...

さまざまな次元で「学び」が起こることをマルチ学習と名付けており、「多層学習」(個人、グループ、組織、企業といった複数のレベルで学習がおこること)と「他能力学習」(別々のスキルを持った人が集まることで、専門外の知識についての学習が起こること)の2つを指している。

多層学習:プロジェクト内の「学び」は、個人とグループという2層で起こる。個人レベルの学習はもちろんのこと、グループレベルでの学習がさらに重要になる。例えばホンダのCityプロジェクトではコンセプト開発行程が行き詰ったとき、チームは3週間「ヨーロッパで何が起きているか」を見るためにだけに海外視察に送られた。そこで彼らが目にしたミニクーパー(これは10年以上前に英国で開発されたもの)が、Cityのデザインに大きな影響を与えたという。この例では、全員が同じ体験を通して学んでいることが重要で、個々の学びの総和ではなく、その体験の中で交わされた会話や議論を含めて、グループ全体が1つ生命体のように獲得した学習が成果だといえる。さらに、グループを超えて組織レベル、企業レベルの学びも多層学習に含まれる。日本の企業が多く採用し、進化を遂げたTQC(Total Quality Control)がより広い組織での学びの例だ。

多能力学習:プロジェクトに参加するメンバーは、自身の専門分野だけでなく、専門外でも学習を積むことになる。例えばエプソンミニプリンタープロジェクトの事例では、電気電子系の知識が少ない機械系エンジニアが、プロジェクト中に並行して大学で2年間電気電子の勉強を進め、必要な知識を得ていたという。リーダーは「2つの技術、2つの分野(例えば設計とマーケティング)に精通するように」とチームに言った。「我々のように技術特化した会社であっても、市場を捉えて開発を見通す力が必要だ。」という。
さらに、企業の人事部の役割の重要性にも言及している。人事部は、個人個人が積極的に体験から学ぶ姿勢(Learning by Doing)を育てるとともに、最新技術にキャッチアップする手助けをしなければならない。こういった施策は、企業全体が組織変革に向かうムードを支える「文化」となるのだ。

アジャイル開発では...

アジャイル開発では、顧客の要望を「仕様書」という形ではなく、「ユーザーストーリ」という読みやすい形でカードに書き出す。これをカードに書きだして壁に貼ることが推奨される。これには、コミュニケーションを発生させる意図がある。詳細に書かれていないからこそ、そのカードを壁からはがして手にとり、それを持って顧客のところに行き、実際に質問をする。「カードは会話のチケット」でもある。詳細に書かれた仕様書という形態ではなく、実際に顧客と対面で会話をすることによって、要望についてのより深い理解を得るのだ。時には、顧客やユーザの実際の作業場所、利用場面を訪問することもたびたびある。紙に書かれて渡される仕様書では発生しない、ダイナミックな経験まで含めて、チームで体験する。

また、チームメンバーはそれぞれの専門分野はあっても、それを超えてゴールに向かって協力することが求められる。課題はチームの課題であって、個人のものではない。課題を共有することで、その解決をチームで行うのだ。これが、オリジナルの多能力学習に対応している。チームにいるデザインが得意な人、プログラミングが得意な人、テストが得意な人、それぞれのスキルを現場で学びあう環境なのだ。また、スクラムの「プロダクトオーナー」は、製品のビジネス的な判断を行う責任を持っているが、それでもチームはプロダクトオーナーを支援するし、その過程で製品の市場やマーケティングについてチームメンバーも学ぶことができる。

オリジナルのスクラムで言及されている、組織レベル、企業レベルの学びについては、アジャイルは現在議論中の段階だ。もともとアジャイルがソフトウェア開発の手法として登場してきた経緯もあり、現在ではまだ開発手法として捕らえられている。しかし、アジャイル開発が「市場に受け入れられる製品を作ること」を目標としていることから、この活動を組織レベルに、そして企業レベルにまで昇華しようと考えるのが自然だ。

Agile2005カンファレンスにおいて、ジェフ・サザランドは複数のスクラムチームをどのように階層化して組織全体を「スクラムのスクラム」(Scrum-of-Scrum)とするのかについて発表している。その中では、朝会を個々のスクラムで行った後にスクラムマスターが集まって行ったり、スプリント毎に上位のスクラム(メタスクラム)を関係者で行ったりすることで、企業全体をスクラムとして運営する手法が語られた。ジェフ・サザランドはこのスクラムの形態を「Type Cスクラム」あるいは「スクラムのスクラム」(※)と呼んでいる 。

アジャイル開発ではオリジナルにある「組織レベル」、「企業レベル」の学習についてはフォーカスから外れているし、次回のプロジェクトに学びを活かす、という考え方もフォーカス外だ。(もちろん、多く議論はされている)

これは、アジャイルがソフトウェア開発に絞って注力していること、オリジナルの竹内・野中は経営論が中心であること、が大きい。しかし、この「企業レベル」の部分は、日本ではとても重視される部分で、日本企業では1つのプロジェクトの成功と共に、企業が成長する、人材を育成する、ということと合わせて考えられている。

ここは大事だ!とともに、日本がオリジナルのアジャイル着地をするのであれば、ここにも取り組みたい。次回くらいで、会社の人事部(HR)の役割や評価・報酬制度にも触れる予定。(オリジナルのスクラムは経営論なので、当然といえば当然。)

(※ 竹内・野中のオリジナル論文とソフトウェア開発の対比としては、Type AがウォーターフォールでType Cがスクラムという構図である。しかし、ジェフ・サザランンドはこれを比喩的に使って、Type Aを社内の各チームが個別にスクラムを行っている様子、Type Cが1つの企業内全体(営業部や管理部も含めて)が1つのリズムをもってスクラムを行っている様子と例えた(ジェフ・サザランンドの筆者宛メールより)。

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