アジャイルに行こう!

年代による休日の時間の過ごし方の変化

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最近、休日になると目一杯、仕事と離れて家族との時間を重視するようになった。昔は、仕事をしたりソフトウェアに関する自分の趣味をしたりする時間をできるだけ取りたいと思っていたのに。。。このへんの変化について。

20代の休日は、とにかく仕事をしたと思う。あまり平日とか休日とかかまわず、仕事(会社のなかでの仕事)の続きを家でも考えていた。また、恋愛で忙しかったり、会社の同期との活動などに時間を使っていたかも。結婚が25歳なので、結婚準備や引越しやらに追われた時期もあった。

30になって、東京の仕事を退職して、福井に帰ってきて、永和システムマネジメントに入社した。最初の子供が生まれたのも30歳。30代前半は、会社の仕事は会社で、それ以外のソフトウェアに関する活動を、土日を使ってやっていた。時にはプロジェクトが大変になり、土日も関係なく仕事に追われたときもあった。でも、「会社の仕事をやってる」というモードと、「自分の好きなソフトウェアをやっている」というモードは、はっきり分かれていたと思う。ぼくの30歳はちょうど1995年で、Java、UML、デザインパターン、などなど、自分の中での大きな技術的興味が続いて発表された年。インターネットが身近になった年でもある。30代前半は、自分の土日の時間を使って、3Dグラフィックスに関するオープンソースを書いたり(Java3D vecmath の実装)、その周辺の3Dグラフィックスとベクトル・行列演算の書き物をしたりしするのが楽しくてしょうがなかった。また、テキストベースでUMLを表現する「U言語」なんて仕様を考えたりしていたのもこのころ。とにかく、ソフトウェアの周りで、自分が「これはイケてる!」と思うことを思いつくと、それを実現して外に向かって発信したい、という時間に、土日を使っていた。そして、英語の翻訳も手がけるようになった。これも土日の時間を使ってやった。とても多くの時間を翻訳に使ったと思う。そのころはノートPC持っていなかったので、土日に会社のパソコンにずっと向かっていたこともある。今考えると、家族を置いてきぼりにして申し訳なかった。小さい子供と妻を家において、一人で会社に行ったきりになっていたのだから。でも、会社でやっている「仕事」とソフトウェアで自分を表現する「趣味」を分けて考えていた。後者の方が楽しかったのは言うまでもない。

そうこうしているうちに、永和システムマネジメントも東京に支社を作ることになり、そこで趣味でやっていた「オブジェクト倶楽部」を会社として支援してもらえることに。さらに、2000年に出会った XP(Extreme Programming) を全国に紹介してまわる「XPアンギャ」というも、会社の中でオーソライズされて活動できた。このことは、現在の人脈を形成する中で、とても大きな意味を持っている。また、もう1つ、会社の課外活動としてひそかに暖めていたJUDEが、会社の中で事業として認知され、有償版として販売活動を開始した。

そして、40歳。JUDEを基盤にチェンジビジョンを立ち上げることになる。ここからは、大きく考え方が変わる。

「仕事」と「趣味」の区別が無くなった。これはすごいことで、自分がやるべきことが、会社であり、そして、やりたいことが会社なのだ。こうなると、土日に好きなことをする、というモードが危うくなった。「好きなソフトウェアを書く」とか考えると、それはすなわち、JUDEであり、TRICHORDであり、会社に関わる活動だ。執筆活動や翻訳活動もしかり。常に会社を中心に頭が動いている。。。。。これはかなり精神的に危うい状態である。

好きなことを仕事にしてしまったので、それはとても幸せと言える。でも、この、会社と自分の一致モードは、かなり辛い。仕事の中には大好きな技術的なことばかりではない、「しんどい」周波数もたくさん混じっている。そして、それらは不可分であり、仕事のことを「楽しいこと」だけ取り出してわくわくした気持ちで取り組むことがだんだん難しくなってしまった。(まぁ、大人になったっていうことなんでしょうか。。。)

今は、土日はとにかく「メールボックスを処理しない」ことにしないと、仕事エンジンがかかりっきりになってしまい、精神的にも持たないようだ。もともと好きだった「ソフトウェア」を「仕事」と「趣味」に分けていた自分のバランスが取れなくなった。それで、自然と最近は土日には仕事を忘れる、ことに専念するようになっている。子供と遊んだり、音楽を聴いたり、プールに行ったり、サウナに行ったり。自然の中に出たり、体を使って汗をかいたり、仕事と関係のない本を読んだりしている。この時間がないと、脳の「楽しさ」回路を活性化できない。

40代になって、福井県大野市、という田舎に自宅の拠点を維持することの意味もここにあると思う。このブログも、実家の2Fの小さな書斎で書いているのだが、初夏のさわやかな風が通り過ぎ、時折、子供がまとわり着いてきたり、子供の友達が借りている本を返しに来たりする。

でも、これでいいのか、という迷いもぬぐえないのも本音。この時間を使って、英語で Kanban のブログを書きたいとも思う。(今週は、マイアミで、初めての Lean Kanban Conference があった。David Andersen, Karl Scotland, Jean Tabaka, Corey Laddas という周知の面々が、ソフトウェアの Kanban という新しい知識体系の創発に向けて、最初の第一歩を踏み出している。Agile が企業内でスケールするためのキーコンセプトが Lean であり、そのツールが Kanban である。このカンファレンスは、ぼくの知る限り、もっとも tweet されたカンファレンスだと思う。(twitter hashtag #lk2009) 彼らは共謀して大量の実況中継をtwitterで流した。) ああ、そこに参加したい、あるいは、そのムーブメントをぼくからも発信したい、という強い欲求が突き上げる。

Ohnocastle でも。。。。、それよりも、やっぱり自分回復の時間をこの土日は取りたい。仕事と人生、必ず人生が上にある。その順序を間違うと、自分で自分をすり減らしてしまい、愚痴ばかりをつぶやく自分を作ってしまいかねない。写真は、福井県大野市の大野城。亀山の頂上にある。昨日はあまりに天気がよいので、娘が「おべんとうを作って二人で行こう」と誘ってくれた。

Comment(5)

コメント

ひらりん

私は某メーカにて自分の未来を模索している一介のエンジニアです。平鍋さんの気持ちをよく理解できる一人だと勝手に思っています。貴殿をこの国のソフトウェア産業の改革者になりうる一人だと思っています。貴殿の悩ましい選択肢の問題は私には答えが見えています。それは「覚悟」でしかありません。色んな選択肢のレイヤがあります。自分のために、家族のために、技術のために(XP?、アジャイル?もっと広い世界?)日本のために、世界のために、...。このblogで貴殿がふとため息をついた永遠のために、一息のために。
期待しています。

平鍋

ひらりんさん、

ありがとうございます。おそらく、私より人生経験が長い方だと推察します。「覚悟」ですか。。。ぼくにはまだそれが出来ていないのかもしれません。あるいは足らないのか。期待に答えることができるかどうか、自信はありませんが、愚痴やため息よりも前に進みます。

ひらりん

ご返信有難うございました。
「覚悟」については、そんなにキツイ思いをこめたわけではありませんが、ご推察の通り貴殿より年配者の私が、先に感じた重要なキーワードの一つでもあります。
貴殿の文章には、エンジニアなのに何らかのフレイバーを感じます。今後の対話の時代には必須な「感性」の問題かなとも思います。
アジャイル2009の時の貴殿の瞬時の仕切りの時も同じようなセンスを感じ取りました。
お弁当を作って誘ってくれたお嬢さんの「気持ち」を生涯お忘れなく。

おさ虫

おさ虫と申します。大阪でSIerに勤めています。
以前セミナーで平鍋さんから頂戴した名刺をディスプレイの前に立ててなんとかやっています。

言葉通り受け取っていただきたいのですが、「やりたいことが仕事になる」なんてすばらしいですね。羨ましいです。
私は、この世界で活躍している姿を思い浮かべ、胸躍らせている自分がいる一方で、自分の才能・能力に限界を感じ、
未来に不安に打ちひしがれている二人の自分が存在し、毎日葛藤しています。
私の好きなミュージシャンが
「早くたってゆっくりたって、走り続けることでたどり着ける場所があるということを教えてくれたのは君たち(ファン)です」と
ライブで言っていました。
毎日悩んではいますが、自分のできることを地道にやるしか無いのかな?と思っています。
何かよくわからない結論のないコメントで申し訳ありません。

こんにちは。はやし@おかじまぐみ です。
僕はこっそり、趣味にvecmath C++ portを使っています。PDFも読んで学ばせていただきました。いつかお礼が言いたいと思っていました。素敵なコードをありがとうございます!

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