Financial TimesのWebアプリへの移行をNew York Timesはどう報じたか。
これまで2回に渡ってFinancial Times(FT)が専用アプリからWebアプリへ移行するに当たってチャレンジした技術的な側面についてFTの説明を紹介した。今回はそのビジネスの側面についてThe New York Timesの記事を参考にしながら考えてみる。
FT.comのManaging DirectorであるRob Grimshawは既存の専用アプリがAppleによってどのように扱われるか不明だと言っている。要するに、Appleが現在の専用アプリを削除する危険性があるということだろう。現在FTのモバイルユーザーのほとんどがIOS端末を使っていて、それはFTのデジタル購読者の増加の15%を占めている。FTのWebサイトとモバイル合計で22万4千人の有料読者がいるので、今回のWebアプリへの移行がどのように影響するかは大きなリスクであったことをGrimshawは認めている。現在有料読者にはモバイルまたはPCからのアクセスが提供されているが、Appleのやり方によってはこうしたCross-Platform型の定期購読は難しいものになってくる。AppleのT&C, Terms and condition(条件)ではiTUNESで販売された場合には、Cross-Platformの定期購読の販売に対しても30%の手数料を徴収される。一方、出版社が直接販売した場合は100%出版社の売上となる。Cross-Platformでの定期購読サービス料の全てに対して30$を徴収するのは理不尽だという出版社側の不満があるわけだが、どのようなサービスであろうと販売手数料なのだから全ての売上から規定の料率を徴収するのは当然だというAppleの主張も理解できる。
出版社によってはモバイルユーザーにStripped-down(情報の少ない)バージョンを提供しているが、機能や利便性が標準のアプリケーションより多くの場合劣るので、モバイルユーザーに同じ購読料を支払わせるのが困難となる。FTがAppleに対抗しているのに対して、多くの出版社は結局Appleの条件で定期購読を売るという判断に至っている。あるアナリストはタブレットによる新しいユーザーエクスペリエンスとこれまでだったら有料で購読することの無かった読者もが支払ってしまうような支払いの容易さの魅力で、出版社はAppleに30%を払うのは何も売れないことよりはよしとしている。
“If you’re depending on impulse download, the tablet experience and the ease of payment to get people to pay for your product where they never paid before, paying Apple 30 percent of something may be better than keeping 100 percent of nothing,”
New York Timesの記事では触れていないが、ユーザー情報の帰属はむしろ料率よりも大きな問題かも知れない。アメリカの新聞や雑誌は定期購読が基本なので、ニューススタンドなどで売られる場合以外には、出版社はユーザー情報を持つことができた。デジタルになって有料Webサイトの場合も出版社は読者と直接の関係を持つことができた。それが、AmazonやAppleなどのネット書店が間に入ることで出版社は読者との直接の関係を失うことになった。これは重大なビジネスモデルの変更を意味する。AmazonもAppleも出版社に対して個人情報を隠して抽象化された統計情報は提供しているが、出版社は読者と直接繋がることはできない。ユーザー情報の帰属は流通において基本的な課題だ。
FTは今回Webアプリに移行する理由を主に技術的な側面に絞って説明しているが、書店側が受け取る料率の問題とユーザー情報の帰属問題は大きなビジネス的な課題であることは間違いない。FTのHTML5ベースのWebアプリは大変よくできていてこれまでの専用アプリに比べても大きな遜色はない。おそらく一般のユーザーは自分の使っているアプリが端末専用なのかWebアプリなのか気がつかない(気にしない)と思われる。もちろん、機能や操作性においてWebアプリが故の欠点はあるのだが、今回のFTのWebアプリを見る限り、それは大きな問題ではもはや無いように思える。
最後に整理すると、今回のFTの専用アプリからWebアプリへの移行について次の3つの課題が提起されたと言える。
1)複数のハードウェアやプラットフォームを対象にしたアプリケーションの開発や保守の最適な手法とは何か
2)Cross-Platformの定期購読を書店が販売した場合の公平な手数料とは何か?
3)書店がコンテンツを販売した場合、ユーザー情報はだれに帰属するのか?
これらはデジタルコンテンツのECにおいて今後解決されなければならない課題であろう。