【書評】学習戦略を科学する"How We Learn"
うちには小学生の娘がいるのですが、12月は期末試験があり、理科や英語などを頑張って勉強していました。学校に通っていると大変だなぁ、などと端で眺めていて感じたのですが、よく考えたら社会人も勉強の連続です。簿記や会計、新しいソフトウェアの使い方、最近では統計学やデータ分析などを勉強しているという人も多いと思います。様々な知識の上に人間の社会が成り立っているのだとすれば、勉強は生涯ついて回るものだと言えるでしょう。
にも関わらず、「勉強する方法」が注目されることは意外にも少ないのではないでしょうか。自己流の勉強法を持っているという方も、それがどこまで効果的なのか、改めて検証したことはないと思います。怪しげな精神論でも、自己啓発でもなく、科学的に見て効果的な学習法とはどんなものか――それを最新の神経科学や心理学等から検証したのが、"How We Learn: The Surprising Truth About When, Where, and Why It Happens"です。著者はニューヨークタイムズ紙で科学系の記事を担当している、記者のベネディクト・キャリーさん。
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たとえば誰もが気になる「一夜漬け」問題。テストの前に一晩で対象範囲を網羅するという最終手段、見るからに好ましくない勉強法だと思いますが、やはり間違ったやり方とのこと。特に問題なのは、仮に直近のテストはしのげたとしても、「勉強したことが頭に残らない」という点。たとえば同じ2時間勉強するのでも、一気に2時間勉強するより、今日1時間・明日1時間のように分けた方が学習内容が頭に残るのだそうです。もちろんそんなに計画的に勉強できないからこその一夜漬けなのでしょうが、1学期に学んだことが2学期の基礎に、2学期に学んだことが3学期の基礎に……と続いていくような勉強の場合、けっきょくは後々苦労するというわけです。
また面白いのは、同じ学習を環境を変えて行った方が効果的であるという指摘。勉強をするならこの場所で、この時間にといった具合に、環境を固定してしまう方も多いと思いますが、実はこうすると学習内容が一定の「キュー(何かを思い出すきっかけ)」にしか結びつかないのだとか。そこでずっと同じ場所で勉強するのではなく、教室や図書館、交通機関の中などと様々な場所で行うようにすれば、より思い出しやすくなるという仕組み。同じ理由で、勉強の時間帯を変えてみるというのも効果があるそうです。
さらに最近、睡眠と学習の関係について注目されるようになっていますが、本書でも1章分を割いて「睡眠がどのように学習に役立つか」について解説されています。単純に言ってしまえば、睡眠は起きている間に頭に入ってきたデータを、整理整頓して知識化するためのプロセス。従って「寝不足で頭がもうろうとしてテストに失敗した」などというのは論外として、時間がないからといって十分に寝ておかないと、逆に学習にはマイナスであると指摘されています。さらに興味深いことに、睡眠のステージ(レム睡眠等々のあれです)によって、吸収される知識の種類が異なるという点。つまり単に寝れば良いというのではなく、目的に応じて最適な睡眠方法があるのではないか、という考察まで行われています。
MOOCsを例に挙げるまでもなく、最近は学習環境もデジタル化されるようになってきました。そこに大勢の人々が参加し、「学習/教育ビッグデータ」とでも呼べるようなデータ蓄積が進めば、こうした学習理論と実践に関する検証が進むでしょう。本書の中でも、既に科学的な研究結果に基づく学習支援ソフト/アプリが登場していることが紹介されているのですが、「ユーザーの学習パターンや生活パターンを把握して、個人毎に適切な学習サイクル/学習環境を提案してくれるアプリ」などはすぐにでも登場してきそうな(あるいは登場している)気がしてきます。その意味で、今後は闇雲に勉強を始めるのではなく、まずは自分に合った学習戦略を練るというのが当たり前の時代になるのではないでしょうか(それが当たり前の話ではあるのですが……)。
この"How We Learn"、テーマがテーマだけに読者の関心も高いようで、さらに読みやすさと相まって各所の書評コーナーやベストセラーリストで紹介されているのをよく目にします。「読んですぐに使える知識満載!」ではないですが、先ほどの時間分割テクニックなどは確かに実践してみたくなりますし、恐らく日本でも話題の一冊となるのではないでしょうか。記者さんが書かれているだけに、英語も読みやすいので、ご興味のある方は冬休みに是非。