【書評】ダンジョンズ&ドラゴンズよ永遠に――"Of Dice and Men"
ロールプレイングゲーム、あるいはRPGと聞いて何を思い浮かべるでしょうか。美しいCGで描かれた異世界、ボタンに合わせて剣をふるうエルフやドワーフ、そして画面いっぱいに炎を放つ巨大なドラゴン――ではなく、何よりもまずコレが頭に浮かぶという方も少なくないはずです:
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そんな「RPGといったらTRPG(テーブルトークRPG)でしょ!?」な方、かつ「TRPGの最高峰はダンジョンズ&ドラゴンズ!」な方、そしてアラフォー世代であれば、本書"Of Dice and Men: The Story of Dungeons & Dragons and The People Who Play It"を涙無くしては読めないでしょう。
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著者はフォーブス等にも寄稿されているジャーナリスト、David M. Ewaltさん。子供のころにD&Dに熱中したものの、ハイティーンになると「あいつD&Dやってるなんてオタクじゃね?」という視線に耐えられずに遠ざかり、最近になってもう一度「剣と魔法の世界」を遊びたくなって戻ってきた……という経歴の持ち主です(それ自分も同じだよ!という方も多いのではないでしょうか)。そんなDavidさんが、D&Dの歴史を振り返りつつ、自分にとってD&Dをプレイするとはどういうことか、他のプレイヤーはどう思っているのかをまとめたのが本書。D&Dの歴史を縦軸に、プレイヤーの思いや経験を横軸にD&Dを考察した一冊と言えるでしょうか。
D&Dの歴史部分については、詳しい方であれば知っていて当然の内容なのかもしれませんが、僕は中学生の時にプレイしていた頃の知識しかなかったので、本書を読んで全体像を掴むことができました。D&D誕生までの歴史から、生みの親であるゲイリー・ガイギャックスとデイヴ・アーンソンの出会いと別れ、D&DとAD&Dが分かれた経緯、出版元TSR社の興亡、その後のWizards of the Coast社によるD&Dの展開、「d20システム」の導入、そして最新のD&D第5版"D&D Next"に至るまでがまとめられており、1つのゲームあるいはビジネスとしての「D&D」がどのような変遷を遂げてきたのかを読むことができます。
そして実際にD&Dをプレイした経験のある方にとっては、本書の横軸、すなわち著者のDavidさんを始めとしたD&Dプレイヤーに焦点を当てたパートは「そうそう、こんな経験あった!」と同感する部分ばかりでしょう。前述のように、D&Dをやっていると周囲からオタク認定されたりとか、なんとなく恥ずかしくなって遠ざかってしまったとか、DM(ダンジョンマスター)として苦労する/DMに苦労させられるとか、下手なDMの下で甘やかされて異常に強力になったキャラクターがいるとか……。さらに実際にプレイしている様子が、プレイヤー目線とキャラクター目線から描かれるのも嬉しいところ。つまりDavidさん視点で描かれた文章だけでなく、ところどころにこんな文章が登場するのです:
私たちは敵に不意を突かれたが、無防備な状態ではなかった。武器は手元に無いものの、魔力が使えるのなら問題ない。飛びかかろうとするグールめがけ、シアリングライトを放つ。グールは黒焦げの肉塊となって地面に転がった。
木々の間には、他にも数体のグールがいる。いや、数はもっと多い。私が次々に魔法を放ち、怪物たちの足を止めようとしていると、背後で戦う音がした。ジャーデン(※他のプレイヤーキャラクター)が雄叫びを上げて矢を放っている。普通なら、隊をまとめて防御陣形を取るところだろう。しかしグールの動きが素早かったため、この場で魔法を放ち続け、事態を悪化させないようにするのが精一杯だ。
思わず次に振るサイコロを探してしまいそうです。D&Dプレイヤーとしての人生を再開したDavidさんは、たちまち週1回のプレイにのめり込んでいき、最終的にDMを目指すまでになるのですが、確かにこうしたプレイの様子を読んでいるだけで、こちらまで遊びたくなってきます。
しかし壮麗なCGを駆使したビデオゲームのRPGが全盛となっているいま、D&DなどのTRPGが復権する余地はあるのでしょうか。嬉しいことに、本書ではこんな状況が紹介されています:
DMのアリスター・モーガンは、ITマネージャーとして働く37歳の男性だ。「ステレオタイプ通りのプレイヤーだよね」と彼は認める。しかし彼がDMをしている冒険では、プレイヤー5人のうち3人が女性だ。「他にプレイしているゲームでも、女性が2人いるよ。ビデオゲームによってD&Dに関心を示す人が増えていて、それで女性プレイヤーが増えているんだ」。
私たちは、ぐるっと一周して元の位置に戻ってきたようだ。D&Dがビデオゲームの登場を促した。そのビデオゲームがD&Dを絶滅寸前まで追い詰めた。しかしいまや、ビデオゲームが人々をD&Dへと呼び戻している。ビデオゲームやソーシャルゲーム、スマホゲームをプレイしている私たち全員が、D&Dの子孫と呼ぶべきものに接しているのであり、「D&DNA」にどっぷりつかっていると言えるだろう。ファンタジーロールプレイングを楽しむことは、以前ほど奇異なものではなくなっており、そこに付けられた汚名も徐々に消えようとしている。
D&DNA!これはちょっと高望みしすぎなような気もしますが、確かにゲームやファンタジー作品を楽しむことは、すっかり社会に受け入れられました。なにしろ子供の頃にD&Dやビデオゲームでモンスター退治にはげんだ子供たちが、いまやすっかり良い大人になっているのですから。もう一度始めてみるか、となった時の心理的・社会的抵抗はずっと少ないはずです。
それにビデオゲームのRPGの楽しみ方と、TRPGの楽しみ方は似て非なるものです。本書でも指摘されていますが、D&Dを始めとしたTRPGは、DMとプレイヤーが協力しながら、即興で作り上げる物語のようなものでしょう。何を隠そう、僕も怖いもの知らずでDMなどをやっていたわけですが、長い時間をかけて用意したシナリオを良い意味でプレイヤーに裏切られ、予想もしていなかった大冒険が繰り広げられることがあります。決められた筋道のない世界で、2度と繰り返すことのできない、その場でしか生まれない物語がつむがれてゆく――良い悪いという意味ではなく、それはビデオゲームのRPGとは、まったく異なる魅力です。それだけにビデオゲームとTRPGは、お互いに補完しながら共に進化して行けるのではないでしょうか。
本書の終盤で、ゲームデザイナーのフランク・メンツァーさんに「良いDMになるには?」とDavidさんが問いかけるシーンがあります:
彼は髭をいじって考えながら、こう答えた。「プレイヤーがどんな優先順位を持っているのかを考えることです。特に現代では、皆の時間は限られています。ゲームのテーブルについたら、つまらないことで時間を無駄にしないように。ルールに関する議論には深入りしないようにしましょう。素早く公平な判断を下して、先に進むのです。
「あなたが十代の若者だろうが、私のように60歳だろうが、コミュニケーションすることを忘れてはなりません。プレイヤー間での会話、プレイヤーとDMとの会話を促しましょう。彼らがゲームに何を求めているのか、どのようなルールや細かさ、交流を求めているのかを把握するのです。
「自分のセンサーを働かせて、何がプレイヤーの心をつかむのかを考え、それを提供しましょう。理想のゲームとは、プレイヤーが先導するゲームです。彼らはあなたが書いた脚本を演じているわけではありません。DMは舞台を用意して、そこにプレイヤーに上がってきてもらうだけです。彼らがひねった行動を取ってきたら、全力でそれを可能にしましょう。それが彼らの望むことだからです。誰かが壮大で荘厳な物語を描き、それを演じる犠牲者が現れるのを待って、彼らにはこれから起きることに一切口出しさせないなどというのは、最悪のゲームです。」
いやぁ、ついつい「こういう物語を描きたい!ついてはこの通り演じて欲しい!」という気持ちになってしまうの、よく分かります。しかしゲームにせよ何にせよ、交流する相手のことを考えていなければ、良い物語は生まれてこないわけですね。
という難しいことを考えずとも、本書は単なる「いちD&Dプレイヤーの回想」として読んでも非常に面白い一冊です。何よりDavidさんが本気でD&D、あるいはTRPG全体を愛しているのが伝わってきます。時々登場するD&Dのモンスターや、お馴染みの行動(イニシアチブ!)等々も、D&Dをプレイしたことがある方であれば楽屋落ちっぽい楽しみ方ができるでしょう(専門用語にはちゃんと脚注が付いているのでご安心を)。ということで、興味のある方は是非目を通してみて下さい。個人的には、次は『トラベラー』やゲームブックあたりの歴史をまとめた本が読みたいかも。