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【書評】『帰ってきたヒトラー』

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昨年末に『今こそ読みたいマクルーハン』という本を書かせていただきました。タイトルの通り、メディア論の元祖とも言うべきマーシャル・マクルーハンをテーマにした本です。そのマクルーハンの代表作のひとつに、1964年の『メディア論』(Understanding Media: the Extensions of Man)があるのですが、発表から半世紀が経とうとする現在に読み返してみても、内容がまったく色あせていないことに驚かされました。

その理由はもちろん、マクルーハンという研究者が優れた洞察力を持っていたからに他なりません。しかしもう一方で言えるのは、それだけ「メディア」や「メッセージ」といった人間的な活動の中に、時代を経ても変わることなく存在し続けるものがあるということでしょう。確かに表面的なものだけ見れば、パピルスから紙へ、テレビからインターネットへといった一方通行の変化があり、それが退行するということは(巨大隕石でも落ちてこない限り)あり得ません。しかし表面の裏側にある本質的な部分に目を向ければ、人々の行動は驚くほど変化していないのです。だからこそ、トム・スタンデージはインターネットの原型をヴィクトリア朝時代に見つけることができたのでしょう(余談ですが、彼は最新作の"Writing on the Wall: Social Media - The First 2,000 Years"において、ソーシャルメディアの原型を古代~中世に見出そうとしています)。

前振りはこのぐらいにして、今日は『帰ってきたヒトラー』の話です。原著はドイツ語で書かれた小説で、本国ドイツでの発行部数は90万部に達し、世界38カ国で翻訳されているというベストセラー。日本でも何度か記事として報じられているので、どこかで耳にしたことがあるという方も多いのではないでしょうか。

簡単にあらすじをまとめておくと、1945年に自殺したアドルフ・ヒトラーがなぜか現代によみがえり(自殺するまでの記憶や人格はそのままで)、戸惑いながらもかつての「アドルフ・ヒトラー」そのままの人物として行動。その姿を見た周囲の人物は、きっとヒトラーの物まねをする芸人に違いないとして彼をもてはやし、メディアで取り上げるようになります。するとその毒舌ぶりが意外な支持を受けるようになって、やがて――という内容です。小説全体は復活したヒトラーの一人称で語られ、決して理解できない人物であるはずのヒトラーに、奇妙な感情移入を迫られることになります。

帰ってきたヒトラー 上 帰ってきたヒトラー 上
ティムール・ヴェルメシュ 森内 薫

河出書房新社 2014-01-21
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ええ、正直言って荒唐無稽な話というしかありません。ネオナチのような現象は別にして、ドイツではいまだにヒトラーやナチスに対する嫌悪感が根強く残っていますから(さらに関連する様々な活動が非合法化されています)、本当にヒトラーが復活してもどこかで否定される可能性は高いでしょう。しかし本書に登場するヒトラーは、単なるボタンのかけちがいやささいな幸運にも助けられ、熱狂的な支持を集めていきます。その過程の描写が巧みで、これなら本当にあり得るかもしれないと感じさせるほど。例えば出演したお笑い番組の映像がユーチューブに違法アップロードされ、バイラルビデオになってあっという間に注目が高まるなど、現代的な現象も織り込まれています。

仮にヒトラーが再び社会に受け入れられていく理由として、「悪の親玉」的な邪悪な存在の支援があったりとか、悪魔的な陰謀の遂行があったりしたら、本書のリアリティは一気に失われていたことでしょう。あるいはSF的なカテゴリーに位置づけられ、単なる空想小説として片付けられていたかもしれません。しかし本書の恐いところは、過去の存在、あるいは1940年代という「狂った時代」の存在であるはずのヒトラーが、現代の中に彼の思考回路でも理解できるメカニズムを見出し、それに上手く乗ることに成功してしまう点です。ある場面において、ヒトラーはこんなセリフを放ちます。

「ルールは60年前も今も同じだ。ルール自体はけっして変わらない。」

ヒトラーと、彼が起こした悲惨な出来事は、あくまで異例中の異例であった――そう考えることで、私たちは「現代は違う」「自分は違う」という安心感を得ることができます。しかし現代でも社会や人間の本質は変わらず、ヒトラーやナチス的なものが復活する可能性が十分にあること、そしてそれは私たちが気づかぬうちに進むかもしれないことを本書は描き出します。語り口はあくまで軽妙で、「1936年のベルリンオリンピックで私(ヒトラー)が行ったプロパガンダが、最近中国のオリンピックでも踏襲されて大成功を収めたようだ」などというブラックジョークまで飛び出す娯楽小説なのですが、本国ドイツでは大きな議論を巻き起こしているのだとか。それは本書が、前述のようにヒトラーに感情移入をしかねない「危険な」ものであるという点が大きいのですが、「あの時代は異常だったのだ」と考えることで安心感を得たいという心理を大きく揺さぶるものであるという点にも一因があるのかもしれません。

少しネタバレになってしまうのですが、本書の中で、ヒトラーがウェブサイトのデザインにアドバイスする(!)という場面が登場します。まったく荒唐無稽の極みなのですが、マクルーハンやトム・トム・スタンデージが明らかにした通り、メディアやテクノロジーの本質も簡単に変化するものではありません。そう考えると、きっとヒトラーのような人物であれば、インターネットも巧みに使いこなすことでしょう。本書において絶対にあり得ないのは、唯一「死者(ヒトラー)が復活する」という点だけ。そう思うと、読み終えた後で背筋が寒くなってくるのですが。

ちなみに本書、映画化も決定しているそうです。映像になった時にどんなヒトラーが描かれるのか、こちらも注目を集めることは必至でしょう。

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