【書評】『シグナル&ノイズ 天才データアナリストの「予測学」』
ネイト・シルバーの"The Signal and the Noise: Why So Many Predictions Fail – but Some Don’t"をご紹介したのが昨年の10月。それから1年が経ち、いよいよ邦訳が出版されることになりました。その名も『シグナル&ノイズ 天才データアナリストの「予測学」』です。
シグナル&ノイズ 天才データアナリストの「予測学」 ネイト・シルバー 西内啓 日経BP社 2013-11-28 売り上げランキング : 1253 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ネイト・シルバーって何者?という方のために、本書の紹介文を引用しておきましょう:
ネイト・シルバー (Nate Silver)
1978年生まれ、ニューヨーク・ブルックリン在住の統計専門家。『マネー・ボール』で有名になった野球データ分析会社ベースボール・プロスペクタスの予測モデル「PECOTA」の開発者。2008年の米大統領選挙の結果を予測し、ほぼ完ぺきに(50州のうち49州)的中させたことで一躍脚光を浴びた(2012年の大統領選は50州すべて的中)。タイム誌の「世界でもっとも影響力のある100人」(2009年)にも選出された。政治予測ブログ「FiveThirtyEight.com」を主宰し、各種の選挙結果の予測をはじめ、政治、経済、スポーツなど幅広い分野の話題について統計学の視点から独自の見解を提示し、世界的に注目を集めている。
ということで、データ分析界隈では最も注目されている人物の一人です。そんな人物が「予測とはいかなるものか」をテーマに書いた本ということで、原著は米国で非常に話題となりました(Amazon.comの2012年ベスト・ノンフィクション部門10冊にも選ばれています)。しかし英文でも450ページ以上(!)というボリュームで、これは翻訳に時間がかかるだろうなと思っていたのですが、2013年内の出版に間に合いましたね。年末年始、必読の一冊になると思います。
本書の副題に「データ分析術を学ぶ!」でも「使える統計学入門!」でもなく、「予測学」とつけたのは非常に上手いと思います。確かに本書では、データ分析や統計学に関する専門知識にも言及されているのですが、主眼が置かれているのはあくまで「良い予測を行うための心構え」。それを無視しては、たとえビッグデータ処理のような高度な技術があったとしても、予測結果を阻害するものにしかならないことを解説してくれます。
そして予測とは、会議やパソコンの中だけに登場するものではなく、日常生活のあらゆる側面に関わってくるもの。そもそも生きていくこと自体が、「今日はカサを持っていくべきか」「家を買うのと借りるのではどっちが得か」といった予測の連続ですよね。その意味で、本書はビジネス書というよりも、あらゆる人々にとって読む価値のある一冊だと思います。事実、本書で取り上げているトピックは多岐にわたります。スポーツにポーカー、天気予報と地震予測、地球温暖化に株式市場、そしてテロリズムに至るまで……もちろん個々の分野の状況や、得られる情報、使うことができるツールは異なるのですが、そこに共通して流れる「予測という行為のポイント」を感じることができるでしょう。
個人的に気に入っているのは、キツネとハリネズミの喩え。本書では良い予測ができる人を「キツネ」、悪い予測をしてしまう人を「ハリネズミ」に喩えて、こんな特徴があると解説されています:
【キツネ型】
- 総合的:もともとの政治的立場にとらわれることなく、さまざまな分野に取り組む。
- 柔軟:最初のアプローチが機能するかどうかわからなければ、新しい方法を見つけたり、同時に複数の方法を試したりする。
- 自己批判的:(うれしくはないが)すすんで自分の予測の間違いを認め、非難を受け入れる。
- 複雑さを受け入れる:世界を複雑なものとして見ており、多くの基本的な問題は解決不能、あるいは本質的に予測不能だと思っている。
- 用心深い:確率的な言葉で予測を表現し、断定を避ける。
- 経験的:理論より経験を重視する。
【ハリネズミ型】
- 専門的:1つか2つの大きな問題を専門とすることが多い。分野外からの意見は疑う。
- 硬直的:全部をひっくるめたアプローチにこだわる。新しいデータは元のモデルを補強するために使う。
- 頑固:間違いは運が悪かったと考えるか、特別な環境のせいにする。優れたモデルにも、ついてない日はある。
- 秩序を求める:ノイズのなかからシグナルを発見できれば、世界を支配するきわめて単純な原則を見つけることができると思っている。
- 自信がある:あいまいな予測をすることはなく、意見を変えることをよしとしない。
- イデオロギー的:より壮大な理論や闘争により、日々の多くの問題が解決されると思っている。
ここに整理されているポイントは、確かに頷けるものでしょう。胸に刻み、自分が予測を行う時に「キツネ型」であろうと心がければ良いのですが、問題は他人が予測を行う時です。「ハリネズミ型」の人々は自信に満ちた口調で、断定的な予測を行ってくれるので、メディアのウケが良く人々も信じ込みやすいことを本書は指摘します。確かにバラエティ番組で政治やスポーツを語るコメンテーターには、このタイプが多いですよね。その結果、彼らの声は非常に大きなものになり、新たなノイズとなって社会の中にこだまします。それに対抗するのは簡単なことではありません。
事実私たちは、ここ数年様々な予測に翻弄されてきました。その多くがただの願望であったり、扇動であったり、あるいは思い込みであったりしたわけです。そんな精神状態に陥らず、正しい判断を行うためには、予測というものが何なのか、どんな要素から構成されているのかを理解しなければなりません。本書はそんな「予測リテラシー」を養うための一冊としても使えるでしょう。
実際、本書を読み終わった後では、様々なメディア上で踊る予測たちを見る目が変わるのではないでしょうか。仮に自分自身が予測を行う立場に立たなかったとしても、本書が示してくれる「予測の構造」は、日々の生活において大いに役立つと思います。もちろん予測を行う立場にいるのであれば、正しい予測を行うためのアドバイスを数多く見つけられるはず。あるいは予測というものを正しく理解できない人々を出し抜いて、自分に有利な状況を作り出すためのテクニック――を悟ってしまったとしても、決して悪用してはダメですからね。