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【書評】機械は敵か味方か――'Race Against the Machine'

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Race Against the Machineアップル等の大手メーカーに部品類を供給していることで知られ、時にその労働問題がクローズアップされる中国のフォックスコン(Foxconn)。労働者を搾取する企業の代名詞のように言われることもある同社ですが、米ニューヨークタイムズ紙の報道によれば、ここ数年の間に百万台以上のロボットを生産ラインに投入する予定であるとのこと。数は明らかにされていないものの、それによって相当数の労働者を削減しようという狙いがあるようです。中国にまで押し寄せる「機械が人間を置き換える」という動き。本書'Race Against the Machine: How the Digital Revolution is Accelerating Innovation, Driving Productivity, and Irreversibly Transforming Employment and the Economy'は、それが経済にどのような影響を与えるのか、そして人間社会はどう応じてゆくべきかを論じた一冊です。

本書ではまず、「人間にしかできない仕事が急速に減少しつつある」という状況が描かれます。確かに産業用ロボットはずっと前から普及していましたが、例えばドライバーなどといった職業は、機械に置き換えられることは当面起きないと考えられていました。しかしムーアの法則を持ち出すまでもなく、ICT技術とそれを活用したシステム/サービスは急速な勢いで高度化しており、私たちの予想を上回る速さで普及しつつあります。ドライバーに関して言えば、グーグルの無人自動車がついに公道を走るようになったというニュースが記憶に新しいところでしょう。ドローン(無人飛行機)のように、既に自動操縦が実用化されている領域もあります。またロボットを製造するコストも安上がりになり、前述のように中国の企業ですら、労働者の置き換えを検討する状況になってきました。

その結果、人間がロボットに職を奪われるという事態が現実のものになろうとしているわけですね。洋楽が好きな方は既にお気づきでしょうが、本書のタイトルはロックバンド「レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン(Rage Against the Machine)」にちなんでつけられたもの。機械に対して激怒する(Rage Against)だけでなく、機械と競争する(Race Against)時代になった、と。ただ機械の普及によって人間が働く場所が減るというのは、何もいま始まったことではありません。歴史の教科書でも習うラッダイト運動などが頭に浮かぶところですが、この事態は一時的なものであり、いずれ別の産業が生まれて人間を雇うようになってゆくのではないでしょうか?

この問いに対して、本書はそのような期待を支持しつつも、変化のペースと経済に与える影響を問題視します。前述の通り、ICT技術の進歩は非常にハイスピードで進んでおり、人々の予想を超える事態が到来するようになっています(5年前にiPhoneが登場した時、アプリ開発で一儲けしようと勉強を始めたという人がいたでしょうか?)。従って人材を移行すれば良いと分かっていても、それは常に後追いになり、混乱を招くことが避けられません。また経済面に関して言えば、大勢の労働者が職を失うことで景気が悪化し、何らかの保護政策を実行しようにも「新しい産業を興そう」「新しいスキルを取得しよう」という意欲を阻害しかねないというジレンマに陥る可能性が指摘されます。新技術を導入する側の人々は「確かに職は奪ったが、その代わりの職を生み出した」と叫ぶものですが、現在に関して言えば、口を開けて待っているだけでは新しい職が手に入らない状況であると。

では私たちはどうすべきか――本書では「ベンチャー育成(新たな時代に合った産業や企業を数多く生み出す)」「教育改革(新たな時代に合ったスキルを効率的に人々に習得させる)」の2点が主な処方箋として示されます。新テクノロジーに見合うビジネスとスキルを生み出すという、ある意味で当たり前の話なのですが、「コミュニケーションを促進するために交通インフラのアップグレードに取り組む」「知的所有権に関する規制を緩めてイノベーションを後押しする」など、いくつかユニークな個別提案もなされています。ただ本文が76ページだけという短い本で、提案の部分が深掘りされずに終わってしまっているのが残念なところですが。

最終的に本書は、「人間と機械が競争する(Race Against)社会ではなく、人間と機械が協力して(別の人間・機械チームに対して)競争する(Race With)社会こそがベストである」と結論づけています。そんな協力関係を結べるモデルが、本当に広範囲な形で見つかるのかどうか、若干楽観的な空気も流れているのですが(この辺りもページ数の関係で、「人間と機械が役割分担して作業すればパフォーマンスが最大化される」といった概念的な説明で終わっています)。新しいラッダイト運動を起こすことも、機械との競争に勝つこともできない以上、"Race With"という関係を築くことを目指すしかないのでしょう。

かつてヨーロッパで活字技術が普及を始めたとき、写字生(修道院などで手書きによる写本を作成していた人々)の中にはこの新技術への抵抗をあきらめ、自ら印刷工になる者も存在したとのこと。まさに敵を味方にしたわけですが、こうした事例をどこまで組織的・社会的に後押しできるのかが問われる時代となっている――そんな思いを強くした一冊でした。

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