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Foxconnは本当に「自殺しません誓約書」を書かせているのか?

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先日Twitterのトレンドを見ていたら、GIGAZINEで報じられたこんなニュースが話題になっていました:

iPhoneやiPadを製造するFoxconn、相次ぐ自殺を受けて工場勤務者に「自殺しない」という誓約書に署名させる (GIGAZINE)

電子機器の生産を請け負うEMS(電子機器受託生産)分野で世界一の規模を誇るのが、「Foxconn(フォックスコン)」のブランド名で展開している台湾の鴻海精密工業。

パソコンだけでなく任天堂、ソニー、マイクロソフトのコンシューマーゲーム機の生産も手がけ、さらにAppleのiPadやiPhoneの生産も行っているわけですが、Apple製品の生産を手がける工場で昨年相次いだ自殺を受けて、工場勤務者に対して「自殺しない」という誓約書に署名させたことが明らかになりました。

フォックスコンと言えば、数年前から中国内の工場での労働環境が劣悪であると指摘されており、昨年は従業員の自殺が相次いだことを覚えている方も多いかもしれません。その「悪名高き」フォックスコンがまた何やら怪しげなことをやっているというのですから、話題にならない方がおかしいでしょう。

がしかし。当のフォックスコンからは、「自殺しません誓約書」の存在を否定するコメントが発表されています:

Foxconn denies making workers sign no-suicide pact (BGR)

Foxconn on Monday issued a formal response to reports from last week claiming the Chinese electronics manufacturer makes its employees sign a document promising they will not commit suicide or hold the company liable if they do. “Foxconn does not ask its employees to sign any such documents, any reports to the contrary are inaccurate,” a Foxconn spokesperson said in a statement. The company also denied overworking its laborers.

フォックスコンは月曜日、公式声明を発表し、同社が従業員に対し「自殺しない」「自殺しても会社の責任を問わない」という誓約書に署名させているとの報道を否定した。フォックスコンの報道担当者は、声明文の中で次のように述べている。「フォックスコンは従業員に対し、そのような誓約書への署名を迫ったことはない。これに反するような報道は全て誤りだ。」また同社は、従業員に長時間の労働を強いていたことも否定した。

さてさて、どちらが正しいのでしょうか?フォックスコンの主張が信じられない?中国でならありえるって?しかしGIGAZINEの元ネタをよく見ると、Daily Mail(デイリーメール)紙が報じたニュースのようです。デイリーメールといえば、英国の有名なタブロイド紙。タブロイドだからって最初からデマだと決めつけるのは失礼というもの……であれば、フォックスコンも台湾・中国で活動する企業だからという理由だけで、彼らの主張を否定するわけにはいかないでしょう。

ではデイリーメールの元記事では、決定的な証拠が提示されているのでしょうか?以下が元記事へのリンクですが、よく読んでも「~が言っていた」という部分があるだけで、「自殺しません誓約書」の存在を確信できる内容ではありません:

You are NOT allowed to commit suicide: Workers in Chinese iPad factories forced to sign pledges (Mail Online)

Factories making sought-after Apple iPads and iPhones in China are forcing staff to sign pledges not to commit suicide, an investigation has revealed.

大人気となっているiPad、iPhoneを生産している中国の工場で、従業員が「自殺をしない」という誓約書への署名を強制されていることが、ある調査で明らかになった。

(中略)

After a spate of suicides last year, managers at the factories ordered new staff to sign pledges that they would not attempt to kill themselves, according to researchers.

調査を行った人物によれば、昨年に発生した自殺の頻発を受けて、工場の管理者たちは新しい従業員に対し、自殺をしないという誓約書に署名するよう命じていたそうである。

どうやらこの「調査」というのは、GIGAZINEでも紹介されていたSACOM(Centre for Research on Multinational Companies and Students & Scholars Against Corporate Misbehaviour)によるもののようですが、はっきりとSACOMがどのような証拠を提示しているのかは分かりません。そこでSACOMのサイトを検索してみたところ、次の報告書が見つかりました:

Workers as Machines: Military Management in Foxconn (SACOM)

これは今年ではなく、昨年10月に発表されたものですが、3ページに以下のような箇所があります:

In late May, in order to evade responsibility, Foxconn even asked workers to sign a document pledging not to commit suicide, which included a clause that their families would not seek extra compensation above that required by the law, and would not use any extreme actions to ruin the company’s reputation.

昨年5月下旬、責任を回避するため、フォックスコンは従業員に対して「自殺をしない」ことを誓う誓約書に署名するよう迫っている。この誓約書には、従業員の家族が法に定められた限度額を超えた補償金を請求しないという条項や、会社の評判を損なうような行為はしないといった条項が含まれている。

なるほど、彼らは現物を押さえていたらしい……と思いきや、実はこの箇所には脚注が付いています。実際の情報の出所は、2010年5月27日にSouth China Morning Post紙に掲載された"New Foxconn suicide after boss visits Shenzhen plant"という記事のようです。で、ネット上を検索してみると、在中国のスイス大使館が同記事の内容をテキスト化していたものが見つかりました:

EMBASSY OF SWITZERLAND IN CHINA - SCHWEIZ BOTSCHAFT IN BEIJING - Weekly Press Review - Presserückblick - 24.5-28.5.10 - No. 321

A lone Foxconn staff member, in uniform, complained to media that all workers had been forced to sign letters promising not to kill themselves and that their families would not seek extra compensation, above that required by law, from Foxconn if they committed suicide. Gou apologised for the letter at a later press conference and said it would no longer be used.

フォックスコン社従業員の一人が、全ての従業員が「自殺をしない」「自殺をした場合でも、家族に法律の限度額を超えた補償金の請求をさせない」という内容の誓約書に署名するよう強いられている、とメディアに対して訴えている。フォックスコン社社長のテリー・ゴウは後に行われた記者会見において、この誓約書について謝罪し、今後使用しないと述べた。

ということで、誓約書自体の存在は認めている(ただしもう使用しないと約束している)という内容の記事だったようです。

それでは誓約書の原文はどのようなものなのか。実は先ほどのSACOMの報告書に、次のような写真が掲載されています:

foxconn

これも出所は新聞記事で、Nanfang Metropolis Daily紙から転載されたものと記されています。実はこれと同じ画像、つまり同じ誓約書の問題が、既に昨年5月にギズモードの記事で紹介されています:

Foxconnが従業員に「自殺しません」と念書を書かせる (GIZMODO)

それではこの誓約書、本当のところどのような内容なのでしょうか。ギズモードの日本語記事では以下のように訳されています(当該箇所のみ):

また、以下をご理解ください。
1. Foxconnは法律を順守し、従業員を尊敬し、関心を持っています
2. 従業員の事故に対するFoxconnの姿勢は法律・規制に則っており、当社の主義および人道的配慮に基づいています。従業員の事故(自殺・自傷を含む)について、当社は規定以上の支払いはできませんが、法に基づいて政府と協力し、妥当な手当を支払います。

(中略)

2. 自分自身の問題に関しては、もし大きな問題やストレスがあるときには、家族に相談するか、会社の上司に報告します。また、同僚や人事スタッフなどに相談することにも同意します。自分または他人を傷つけたりしません。また、私が身体的または精神的に異常な兆候を示した場合には、会社や自分または他の従業員を保護するため、病院に送られることにも同意します。
3. 事故によらない損傷(自殺・自傷などを含む)があった場合、私は、会社が適切な法および規制に基づいて対処したことに同意し、法の範囲を超える要望をしたり、会社の評判をおとしめるような行動をとったり、通常業務を妨害するような問題を起こしたりしません

うーん、「自殺をしても法律に定められている以上の補償には応じませんよ」という内容ははっきり書かれているものの、「自殺をするな」云々については、「自分または他人を傷つけたりしません」という程度の表現でしかないようにも感じます。

それでは原文は?と言いたいところですが、残念ながら僕は中国語は読めないので、ギズモード日本語版の元となった英語記事、それがさらに参照している(つまり元々の英文訳を掲載した)記事を見てみると、以下のような英文があります:

Translation: What will Apple think of Foxconn's employee non-suicide pact? (Shanghaiist)

对自己的行为负责,遇到较大困难或挫折会及时联系亲属排解,或向公司主管反映,亦同意由公司同仁或人资人员与亲属取得联络和沟通,但绝不以极端方式伤害自己或他人;同意公司基于保护本人或他人健康的目的,在本人身体或精神出现异常情况下将本人送医治疗

In terms of my own responsibilities, if I have great difficulties or frustrations I will reach out to relatives to resolve them or report them to the company director, I will also agree to contact and communicate with colleagues, personal staff and relatives. However, I will not harm myself or others; I agree that, in order for the company to protect me and others, it can send me to a hospital should I exhibit abnormal physical or mental problems.

この文章を見る限りでも、やはり「私は自分や他人を傷つけたりしません(I will not harm myself or others)」という程度の表現のようです(とはいえこの英訳がどの程度適切かは、中国語が理解できる方に判断していただくしかありませんが)。

ということで、実は「自殺しません誓約書」はそれほど明確に「自殺しないと誓え!」と訴えているものではなく、むしろ「仮に自殺しても法律が定める以上の補償金は出さないよ」という内容が中心になっている書類で、それも昨年5月に既に存在が発覚していたものであり、その後社長が使用中止を約束している可能性が出てきました(そして冒頭で述べた通り、フォックスコンの公式な立場は「そのような誓約書は存在しない」です。)。実際のところ、フォックスコンから家族に莫大な補償金が支払われることを狙った自殺があることも指摘されており、会社としてはこうしたカネ目当ての確信犯を権勢したいという目的でこのような文章を作成したのかもしれません。好意的に解釈すれば、「一切補償しないよ」ではなく「法律を超えるような金額までは補償しないよ」という内容なわけですし。

ではなぜデイリーメールが古い話を持ち出してきたのか。実はSACOMの新たなレポートが5月6日に発表されており、この中で「1ヶ月に98時間の規定時間外労働を行った勤務者がいた」といったような劣悪な労働環境が指摘されています。これはデイリーメールの記事でも紹介されていた内容ですが、よりセンセーショナルな記事にするために、「自殺をしないという誓約までさせる」という分かりやすい悪行が再び掘り出されてきたのかもしれません。

とはいえ、何が正しいのかはもっと時間をかけて調査してみなければ判断できないでしょう。個人的にもこの記事だけでフォックスコンは悪くないとか、デイリーメールが信用できないとか言うつもりはありません。ただ指摘したかったのは、分かりやすい構図、あるいはセンセーショナルな内容(あのiPhone/iPadを製造している工場に奇っ怪な誓約書が存在している!)を突きつけてくる記事こそ、警戒しておかないと実は不確かな情報に踊らされてしまうことがあるという点です。正直僕も、あらゆるネタでこうした検証のマネゴトをしているわけではありませんし、正直これだけでもかなり疲れたのですが(笑)、最低でも警戒心を持つことだけは忘れてはならないと最近特に感じている次第です。

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