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ネット時代の「生」を、「死」から考えるということ-"Your Digital Afterlife"

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僕の祖母が亡くなった時、形見として古い写真が見つかりました。祖母は都内の畳屋に嫁いでいたのですが、戦争で青梅に疎開。その後はずっと多摩で暮らしていたため、戦前の生活がどのようなものだったかを伝えてくれる、僕にとって初めての機会となりました。

写真に写っていたのは、畳職人が何人もいる大きなお店の光景。世が世なら、僕も職人として一旗揚げていたかもしれません(成功していたかどうかは別にして……)。そんな不思議な感覚におそわれながら、写真というものが僕らに与えてくれる価値の大きさについて、改めて実感したことを覚えています。

僕と同じような体験をしたとことがあるという方は、恐らく無数に存在するでしょう。しかし写真はデジタル化が進み、さらにネット上に保存することが一般的な行為になりつつあります。個人的にも、フィルムとして残っていないのは当然として、手元にある記録媒体上にすら保存されていない写真――つまりウェブの写真共有サービス(僕の場合はFlickr)上にしか存在しない写真というものが数多くある状態です。そんな時代に、僕が祖母の写真から得たような体験はどう変化するのか、あるいは望ましい変化をもたらすにはどうすべきか。そんなテーマを考える、非常に刺激的な本が出版されています:

■ "Your Digital Afterlife: When Facebook, Flickr and Twitter Are Your Estate, What's Your Legacy? (Voices That Matter)"

以前「Facebookでは、1日1,000人以上が亡くなっている」というエントリの中で、同じようなテーマを考えたことがありますが、実はその際に紹介したNew York Times紙の記事"Cyberspace When You’re Dead"で取り上げられていたのが本書。『デジタル死後の世界―Facebook、FlickrそしてTwitterが財産となる時代、あなたの遺産となるものは何か?』というタイトルの通り、中心となるテーマは「生前に利用したネットサービスのアカウントをどう処理するか」というもの。例えばそのために、"Digital Asset Inventory Template"(各種サービスのIDとパスワード、処理方法などを一覧化する一種の「遺言状」)というものを提唱するなど、具体的・実務的なアドバイスが掲載されています。

が、あえて本書の価値はそんなプラクティカルな情報にあるのではなく、それ以外の哲学的な部分にあると言ってしまいましょう。

例えば本書の冒頭で、2つの事例が紹介されています。1つはベトナム戦争で従軍した兵士の話で、もう1つは湾岸戦争で従軍した兵士の話。どちらの兵士も地元にいる家族のために便りを送り、その後家族が受け取った便りを思い出として保管しようとするのですが、後者のケースではあるトラブルが起こります。両者の違いは、ベトナム戦争の兵士がフィジカルなメディア(手紙や写真、フィルムなど)を送っていたのに対し、湾岸戦争の兵士はデジタルメディア(Yahoo!のウェブメール)で送っていたという点――と書けばもうお分かりかもしれません。実は湾岸戦争のケースでは、兵士の死後に家族がメールアカウントにアクセスしようとしたところ、Yahoo!が規約を盾に認めないという事態が起きたのだとか。

プロバイダとしての対応を考えれば、Yahoo!の行動はある意味で当然と言えるかもしれません。死んだ後では自分の遺志を働かせることのできない「フィジカルな遺産」の場合、勝手に日記や手紙を見られるという事態が起きるわけですから、逆にデジタル時代の状況の方が理に適っているのだとすら考えることができるでしょう。では私たちがやり取りしている「情報」の本質とは何なのか、所有権は誰にあるのか、もしくは今後どうあるべきなのか。そうした問いは、ネット時代の死というテーマを通じて、ネット時代の生とは何かを逆説的に考えることにつながってゆくはずです。

仮に僕の祖母が、いまの時代を生きている人間だったとしたら。畳屋の写真はFlickr上にアップされて、もっと早い段階から、それこそ祖母の生前から写真の存在に気付くことができ、いろいろな話を聞けたかもしれません。もしくは本人に聞かずとも、そこにつけられた様々なコメントを読んだり、貼られたリンクをたどったりすることで、より多くの情報を得ることができたでしょう。しかしそれを祖母が望むのかどうか、あるいは死後に「削除する」という遺言を遺していたとしたらどうか……考えは尽きません。

……ということで、2日続けての洋書のご紹介となってしまいましたが。いろいろな意味で非常に脳を刺激される本ですので、機会があればぜひ手に取ってみて下さい。そして日本語版の出版を切に願います。なんなら僕が手弁当で翻訳します(笑)

Your Digital Afterlife: When Facebook, Flickr and Twitter Are Your Estate, What's Your Legacy? (Voices That Matter) Your Digital Afterlife: When Facebook, Flickr and Twitter Are Your Estate, What's Your Legacy? (Voices That Matter)
Evan Carroll John Romano

New Riders Press 2010-11-15
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ちなみにこちらも英文で恐縮ですが、Atlantic誌でも関連記事が出ていますのでご参考まで:

Book Excerpt: Your Digital Afterlife (The Atlantic)

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