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【書評】『AR三兄弟の企画書』 #ar3bros_book

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AR(拡張現実)技術を縦横無尽に操り、ユニークな作品を生み出しているユニット「AR三兄弟」。その長男(役)である川田十夢さんが 『AR三兄弟の企画書』という本を出版されました。遅ればせながら読み終えましたので、ちょこっとご紹介を。(ちなみに記事タイトルについている"#ar3bros_book"が本書の公式ハッシュタグとなっています。)

AR三兄弟の企画書 AR三兄弟の企画書
川田十夢

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AR三兄弟と言えば、最近ではアニメ『東のエデン』のプロモーションや、アイドルグループ「スマイレージ」のプロモーション、さらに『TVBros』や『GUNDAMぴあ』のような書籍の「拡張」などを手がけていらっしゃいますよね。そんなAR三兄弟がどうして生まれたのか、どのような意図で活動されているのか、さらにタイトルにある通り「どのようにして様々な企画を生みだしているのか」が語られているのが本書です。三兄弟さんのこれまでの活動をご存知であれば、あの有名企画がどのようにして生まれたのか、その裏側を読めるというだけでも楽しい一冊になるでしょう。

自分自身、最近ARに関する本を書かせていただく機会があり、まさにAR三兄弟さんにもお話を伺ったのですが、それを通じて感じたのは「ARとは単に技術を意味する言葉ではなく、考え方の枠組みを指しているではないか」という点です。いや、もちろんARの技術上の定義というものも存在するわけですから、正確に言えば「考え方の枠組みとして捉えた方が楽しいのではないか」といったところでしょうか。

例えば本書に、「(野球場で)ラジオを聞きながら試合を見ているオッサン」の例が登場します。川田さんはその「オッサン」が体験している世界を追体験することで、次のような結論を述べています:

野球場での野球観戦は、テレビでの野球観戦とは異なり、審判の微妙な判定や、ライトフライの行方や、ピッチャーの表情など、最新の情報を全て追い切れているとは言い難い状態です。電光掲示板を見て、初めて選手の名前が分かったり、審判の判定が分かったり、野球場で観戦する観客は、客席での臨場感を楽しむ代償として、細々とした情報を追うことを半ば諦めています。しかし、ラジオで情報を補完しているオッサンは違います。バッターがどんな表情で打席に向かっているのか、どんなサインをピッチャーが嫌がっているのか、判定は微妙だったのか的確だったのか、バットは球の真芯を捕えたのか、ブルペンには誰が控えているのか、控えたピッチャーの嫁さんは元アナウンサーでバッターとうっかり恋仲にあったのか否かなど、野球観戦を拡張するために必要な情報の一切をラジオから受け取ることができています。それを、僕は実際に野球場で追体験してみることで初めて理解したのです。

技術的に言えば、オッサンが持っているのはただのラジオであり、とても「最先端のAR技術!」などと煽ることはできないでしょう。しかしオッサンが手にしている現実は、あきらかに野球場自体が与えてくれる現実から拡張されたもの。ユーザーの位置情報を正確にはじき出す準天頂衛星や、メガネ型のヘッドマウントディスプレイなどが無くても、十分に拡張現実を実現することが可能なわけです(もちろんそうした先端技術によって初めて実現可能になるアイデアもありますが)。

このように、ARを何らかのコンセプトして捉えれば、技術だけで思考を限定してしまう以上に豊かな事例を考え出すことができます。その結果、いわゆる「AR技術」と呼ばれるものが使われたシステムになれば何の問題もありませんし、仮に使われなかったとしてもユーザーには関係のない話です。例えばラジオによる野球中継というものが仮に無かったとして、野球場での試合観戦を拡張するために「試合に関連する情報が画面に現れる携帯端末」と、「試合に関する情報が音声で流れる携帯端末」というものが発明されたとしたら、どちらを選んでもユーザーはほぼ同じ価値を手にすることでしょう。

それでは「拡張現実」というコンセプトとはいったいどのような中身なのか。最もスタンダードなものは、「現実空間に新たな情報を補完する」といったところでしょう。しかしそれだけで終わらずに、一味も二味も捻りを加えて独自の世界をつくり出すのがAR三兄弟の凄いところ。そんな捻りがどうやって生まれているのか、そのエッセンスについてはぜひ本書をお読みいただきたいと思います。読み終えた後には、きっと川田さんの思考回路に押し切られて、うっかり何かを拡張してしまうはず。

……ところでARつながりということで、拡張して弊著もよろしくお願い致します(笑)。

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