既に報じられている通り、イランで起きた抗議活動において、Twitter を始めとしたソーシャルメディアが貴重なコミュニケーションツールとなっています。"Neda"の一件のように、重大なニュースをいち早く伝えるというケースも。この流れに対して、既存の大手メディアがどう行動したか―― New York Times に興味深い記事が掲載されています:
■ Journalism Rules Are Bent in News Coverage From Iran (New York Times)
「ジャーナリズムのルールが曲げられた」という、いささかセンセーショナルなタイトルの記事。それではどんなルールが曲げられたのか?についてですが、冒頭でこんな説明がなされています:
“Check the source” may be the first rule of journalism. But in the coverage of the protests in Iran this month, some news organizations have adopted a different stance: publish first, ask questions later. If you still don’t know the answer, ask your readers.
「ソースを確認しろ」がジャーナリズムの第1ルールのはずだ。しかし今月イランで起きた抗議活動を報道する際、報道機関の一部はこれと異なるスタンスを取った。「まず公表して、それから検証しよう」という姿勢である。答えが分からないなら、読者に聞いてしまえば良いのだ。
ソーシャルメディアがジャーナリズム的な行動のために使われる、という事態はこれが初めてではありません。しかし今回の一件で大きく違っていたのは、従来の意味での「ジャーナリスト」たちが活動を制限されていたこと。イラン当局から国外退去を命ぜられたり、厳しい報道管制が敷かれたりしていたわけですね。一方のソーシャルメディアには貴重な情報が流れており、報道機関はこれを使わざるを得なかった――そこで「まず公表、それから(読者の手も借りて)検証」という姿勢が生まれた、と。
実際、他の記事なども読んでみると、判断を完全に読者の手に委ねてしまわないまでも例えば「イランから送られてきたあるニュースについて、イラン出身者に正確性を判断してもらう」などといった行動が取られたようです。よりソーシャルメディアに近い媒体、例えば有名な Huffington Post では、今回のイラン報道に対して10万件を超えるコメントが集まっているとのこと。
またジャーナリズムの専門家からも、こんな意見が寄せられています:
Bill Mitchell, a senior leader at the Poynter Institute, a nonprofit school for journalists, said the extent of user involvement shown in the Iran coverage seems to be a new way of thinking about journalism.
“Instead of limiting ourselves to full-blown articles to be written by a journalist (professional or otherwise), the idea is to look closely at stories as they unfold and ask: is there a piece of this story I’m in a particularly good position to enhance or advance?” he said in an e-mail message.
“And it’s not just a question for journalists,” he added.
非営利のジャーナリスト養成機関である Poynter Institute のシニア・リーダー、Bill Mitchell 氏は、イラン報道におけるユーザの参加が、ジャーナリズムに対する新しい考え方につながるかもしれないと述べた。
「ジャーナリストによって書かれた、完成された記事にしか興味を示さないのではなく、進行中の出来事に注目して『この報道について何か貢献できることがないか?』と自問してみるのだ」
「そしてこれは、ジャーナリストだけに対する質問ではない」と、彼は追加した。
Twitter が活躍した今回のイラン報道について、一部では「Twitter ジャーナリズム」と称されているようです。しかし上記のような動きがあったことを考えると、正確には「ウィキペディア・ジャーナリズム」と呼ぶべきかもしれません。従来のような「現地にいるジャーナリストが(ほぼ)完成されたニュースを配信し、読者はそれを消費する」という仕組みの中で、ジャーナリストの役割を Twitter ユーザーが演じただけであれば、確かに「Twitter ジャーナリズム」でしょう。しかし実際に起きているのは、「無数の『ジャーナリスト』たちが情報を発信・共有し、無数の人々によって情報の取捨選択が行われる」という状況です。同じく「無数の人々によって情報発信・検証が行われる」という点で、ウィキペディアになぞらえた方が近いのではないでしょうか。実際ウィキペディアでも、大きな事件・事故が起きると、すぐに項目が立てられて情報が追加されていくという現象が起きています。
単に情報発信というパートだけでなく、検証や編集といった部分でもジャーナリズムに貢献を始めたユーザーたち。さらにそれがかつての「ジャーナリスト」のような個人単位ではなく、集団としての流れが生まれている――そういった全体像を視野に入れるようにしないと、新しいジャーナリズムが生まれつつあることを捉えることはできないのかもしれません。
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【○年前の今日の記事】
■ マナー違反と言う前に (2008年6月30日)
■ 写真の旅 (2006年6月30日)
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- PR -| 懐疑主義者 | 2009/07/01 08:29 |
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Twitter については、アメリカ政府が公式にイランの反政府勢力支援のために介入していますから、どこまで本当かな、と私は、かなり懐疑的です。 かつてイラクがクェートに侵攻したとき、アメリカ議会で証言した「クェート人の子供」は病院で子供が虐殺される惨状を証言しましたが、実際には、その子はアメリカ在住でクェートにはいなかった、目撃話はアメリカの広告会社の雇われスタッフの作った捏造証言だったという実話がありますからね。 Twitter のサーバーは、アメリカにありますし、イランからの書き込みであると無条件で信じるのは、アメリカの愛国者くらいではないかと思いますね。 | |
| アキヒト | 2009/07/22 17:12 |
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懐疑主義者さん、コメントありがとうございます。 > Twitter のサーバーは、アメリカにありますし、イランからの書き込みであると無条件で信じるのは、アメリカの愛国者くらいではないかと思いますね。 うーん、イランの状況について考えることがこの記事の趣旨ではないのですが……ただ今回のケースについては米国外でも情報の確認が行われていますし、僕個人としては「米国政府が裏から手を回してイランで暴動が起きているような情報を流した」という可能性は低いのではと考えています。「これはイランからの書き込みです」というのを鵜呑みにするのは危険なことですが、逆にこうした陰謀論を鵜呑みにしてしまうというのも、同様に危険なことでしょう。 また「裏で政府が口出ししているかもしれない」という可能性がある場合、「口出ししているという前提で考える」か「口出ししていない前提で考える」かは個人の好みになってしまいますから、そこを議論してもあまり意味はないかな、というのが僕の立場です。あくまでも個々の情報について、信憑性を検討していくことが必要ではないでしょうか。 | |

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