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「絶対に負けられない戦い」はテレビ局の試合放棄

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「絶対に負けられない戦い」とは某テレビ局のサッカー日本代表戦中継に使われるフレーズですが、このフレーズに象徴される「煽り」重視の中継スタイルは是か非か。先日こんな記事が出ていました:

W杯アジア最終予選中継 「危機感を煽る民放」と「冷静なNHK」、どっちを選ぶ? (ダイヤモンド・オンライン)

副題(“テレ朝の「絶対に負けられない戦い」はいつまで続くのか”)に思わず笑ってしまった方も多いでしょう。説明不要だと思いますが、民放各局のスポーツ中継については、かねてから「過剰演出だ」「単なるエンターテイメント化してしまっている」といった批判が出ています。記事ではそういった民放の姿勢について「どちらがいいと判定するつもりはない」と言いつつも、

ただし、ここに興味深いデータがある。それは「北京オリンピックの視聴率トップ10」。これを見ると、3位の女子マラソン(日本テレビ)以外はすべてNHKの中継が占めており、NHKの独り勝ち状態。民放各局はタレントを起用するなど派手な演出で盛り上げを図った。が、それは結果に結びつかなかったのである。

 視聴者はテレビ局の“仕掛け”を見抜いており、「スポーツに過度な演出は必要ない」と思うようになっているのではないだろうか――。ちなみに筆者は、今後のワールドカップ予選を民放とNHKの両方が中継した場合、NHKを選ぶ。

として、「煽り型」中継の賞味期限切れを宣言しています。

「この試合にはこんな意味がある」というコンテクストを明示してやることで、コンテンツ(試合)そのものにあまり興味が無い人にも観戦しようという気を起こさせる、という手法は別に目新しいものではありません。例えば"Made to Stick: Why Some Ideas Survive and Others Die"(邦訳『アイデアのちから』。ちなみに邦訳よりも原著の方が素晴らしく、英語も読みやすいので、ぜひ原著を手に取ってみて下さい)という本では、1960年代に米ABCニュースが大学対抗アメフトのテレビ中継を行う際にこの手法を使用した、と指摘しています(関連記事)。問題はどんなコンテクストを付加するべきか、ということになるでしょう。

この問いに対し、テレビ朝日は「この試合に負けるとマズイ!ヤバイ!」という意味付けを行うことを選択しました。確かに危機感や恐怖感は強烈な感情であり、ご飯にマヨネーズをかけるようなものです。しかしマヨネーズをかければ美味しくなるのは当然の話で(マヨネーズが嫌いな人ごめんなさい)、そこには何のヒネリもありません。他にマヨネーズをかけて売っているもの、しかもよりタップリかかっているものがあったら、お客さんは容易にそちらに流れてしまうでしょう。

作家の瀬名秀明さんは、著作『瀬名秀明ロボット学論集』の中でこんなことを語っています:

ぼくはエンターテイメント作家なので、どうやれば観客が喜んでくれるか、どうすれば泣いてくれるかを考えながら書くわけですが、人間って、けっこう自動的に泣いたり笑ったりするものですよね。作家は読者から感情を噴出させるんだけど、その噴出はわりと自動的な演出で達成できちゃう。じゃあ、そんな演出で泣いたとして、それはほんとうに人間らしい読書体験なのか。

また別の箇所でも:

ぼくを含めてエンターテイメント作家は観客にいかに笑ったり泣いたりしてもらうかを考えます。スクリーンの中の誰かが笑ったら、見ているわれわれも笑う、泣いたら泣く、そんな作品がいちばん儲かります。でもそれはぼくたちの心にとってシンパシーの初歩の初歩、何の苦労も要らない状態なんですね。ほとんど自動化された反応で、「作家はいかに観客をロボットにするのかを考えている」ということができるでしょう。

泣く・笑うはスイッチを押すようなもので、何の苦労も要らない。確かにそれは効果的だけれど、観客をロボットにしてしまうのではないか――別に観客はロボットでかまわない、と反論されるかもしれませんが、「ロボットになった観客」はより他のコンテンツにも反応してしまうようになるでしょう(何しろ「泣く・笑う」のスイッチを押すだけで良いのですから)。それを防ぐには、今から売ろうとしているコンテンツにしかない楽しみを理解できるよう、観客を教育していくしかありません。

「煽り」ではなく「教育」をテレビ局ができるのか。個人的には、過去にNHK・民放を問わず良質なスポーツ番組を観た経験があるので、不可能な話だとは思いません(最近も「デーモン小暮閣下と元横綱・輪島が出演した NHK 『大相撲初場所 8 日目』が素晴らしかった」とネット上で話題になりましたね)。確かに教育は煽りより効果が出るのが遅く、制作にもより深い知識が要求されるようになるでしょうが、せめて「最初から諦める」という試合放棄だけは避けて欲しいと思います。

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