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若手研究者はチャレンジ精神を失っているのか?

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立花隆氏は優れた執筆者だと思うのですが、そんな彼でも「最近の若いもんは」的イデオロギー論の呪縛から逃れられなかったのかな、とちょっと残念になりました:

「若い人が本を読まない。日本はどんどん衰退する」――ジャーナリスト立花隆(前編) (Business Media 誠)

まだ前編ですし、記事に加工される際に発言が歪められた可能性もあるので、立花氏がどうこう言うのは控えて内容について1つだけコメントを。

――危機感のほかの理由は

立花 やる気がないということです。チャレンジ精神が希薄になっている問題があります。例えば、大学や研究機関に所属する研究者でも、欧米への留学のチャンスがあっても嫌う連中が増えている。貧しい時代と違い、いまの日本にはインフラも資金もある。しかもポストもある。日本にいたほうが楽なんです。若者にチャレンジ精神がなくなり、楽な道を選ぼうとする国に未来はありません。

明治維新や今大戦の敗戦を経験した日本がここまでこられたのは、欧米に必死に学ぼうというチャレンジ精神があったからでしょう。

ハングリー精神の欠如。確かに日本が貧しかった時代の方が、人々はいろんな意味でタフだったかもしれません(完全に余談ですが、大正生まれだった僕の祖母は年老いてからもアクティブな女性でした)。しかし個人的にもかつて(文系ですが)大学院に身を置いていたことがあり、また理系の研究者の方とも何人か面識があるのですが、若手研究者にチャレンジ精神が無いなどとはどうしても思えません。ここで立花氏が根拠としているのは、研究者が留学しようとしないという状況ですが、それには他の理由があるのではないでしょうか。

と思ってネットを漁っていたら、こんな資料がありました:

我が国の科学技術人材の流動性調査

文部科学省の科学技術政策研究所が、国内の大学・公的機関・民間企業等で現在研究活動を行っている2,000名の研究者に対して聞き取り調査を行い、彼らのキャリア感についてまとめたものです。これならソースのクオリティとしてはまずまずでしょう。これを見ると(以下、全て日本語版全文からの引用)、

異動全体で不明を除く回答(回答者の異動延べ総数1,371 回:うち不明が357 回)のうちでは、国内機関間の異動は88.2%と大半を占め、国内機関から海外機関への異動が5.3%、海外機関から国内機関への異動が6.0%、海外機関間の異動が0.5%と少ない。

と確かに海外に出ていないという状況が見られるのですが、興味深いのはその理由です:

国内機関から海外機関への流動性が他の先進諸国と比較して低い理由として、“海外へ移籍した後、日本に帰ってくるポストがあるか不安”という帰国後のポストの不安や“海外の研究機関に移籍するためのコネクションがない”というコネクションの問題が強く意識されている。

確かに「日本の方が生活環境がよいから」という、立花氏が見たら激怒しそうな選択肢も上位に位置しているものの、最も多かった理由は「海外へ移籍した後、日本に帰ってくるポストがあるか不安」というもの。立花氏は「日本にはポストがあるから海外に出ないのだ」と言っていますが、逆に「帰ってきてもポストがないという不安がある」わけですね。「ふざけるな!将来のことなど気にせずに、国家のため知識を身につけてこい!」と言い放つこともできるのでしょうが、そんな世論が蔓延しているような国では、研究者のなり手自体が減少してしまうと思います。

またこの調査では、海外に出た日本人研究者が帰国を望まない理由についても述べられています:

頭脳流出した日本人研究者が帰国を希望しない理由について、“日本では研究業績に見合う報酬が得られない”や“日本の予算システムに柔軟性が少ない”という項目の意識が非常に強く、“日本よりも海外の生活環境のほうが良い”“日本では研究指導者の指示以外の研究ができない”という項目については意識が低い。

ここでも、日本の研究環境に関する不満が述べられています。研究者のチャレンジ精神云々を議論するよりも、彼らが安心して海外に飛び出し、そして安心して帰ってこれるような環境をつくる方が先決ではないでしょうか。立花氏の言うように、団塊の世代にエネルギーがあるのなら、まずはこの構造改革を求めるべきではないかと思います。

ただ嬉しいことに、若干ではありますが、日本人研究者が海外に転出する傾向は強まっているとのこと:

日本人研究者の海外への転出状況については、5 年前と比較するとやや増加したという意識を持っている。日本人研究者が外国の大学や研究機関に転出する理由としては、“海外の著名な研究者の下で研究ができる”が最も強く意識されており、次いで“キャリアアップにつながる”、“専門分野の研究能力とあわせ、コミュニケーションや議論のための言語能力を高めることができる”といった項目が強く意識されている。

もちろんそんなチャレンジ精神を持った研究者たちが、海外に行って帰ってこないという状況が生まれたら本末転倒なわけで。また研究者が海外に出るのはメリットばかりでなく、ノウハウが流出する、長期研究計画の設定・実施が困難になるといったデメリットもあることが指摘されています。そういった点も含めて、日本国内の研究環境はどうあるべきか議論し、早急に整備を進めなければいけないのではないでしょうか。

< 追記 >

中編もアップされていましたので、リンクを貼っておきます:

「メディアの生命線の取材力、発信力がガタ落ち」――ジャーナリスト立花隆(中編) (Business Media 誠)

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