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星座症候群

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つい最近、と言っても先月の話ですが、厚生労働省の元次官らが連続して襲われるという事件がありました。この事件は当初、年金問題を背景としたテロと見なされていたことはご存知の通りだと思います:

【主張】元厚生次官宅襲撃 許されない行政へのテロ (MSN産経ニュース)

ところがこれもご存知の通り、事件数日後に自ら出頭した犯人は「過去に飼い犬を保健所に殺されたことへの恨み」を犯行動機として主張。他に容疑者がいる証拠も見つかっていないことから、現時点ではテロという見方は消え、この犯人の主張通り「怨恨による犯行」ということになっています。それでも黒幕がいるのでは?といった陰謀説は根強いようですが、テロならば「~という理由でやった」という脅しが明確にならなければ無意味ですから、年金問題が背景にあるという主張は弱いでしょう。

話は大きく変わります。こちらはマンガやアニメ系に関心のある方しかご存じないと思いますが、『かんなぎ』というマンガで意外なストーリー展開があり、それに対して一部のファンが反発した直後、作者が入院して作品が休載されるという出来事がありました。これについて、「読者による誹謗中傷が休載の原因だ」という見方がネット上でまことしやかに囁かれていたのですが、連載誌の発行元が公式に否定しています:

「かんなぎ」休載は「作者入院のため」 発行元が説明、「中傷で休載」は否定 (ITmedia News)

こちらの騒動については、過激な行動を取っていたのはごく一部の読者だけだったのに、彼らの行動を拾い集めた「まとめサイト」や騒動を面白おかしく報じた一部メディアの影響を指摘する声が挙がっています。いずれにせよ、「誹謗中傷->入院」という関連性は見かけよりも弱いようです。

この2つの事件、内容は全く異なりますが、原因をめぐる「勝手な解釈」が一人歩きしたという点では一緒ではないでしょうか(その「勝手な解釈」をメディアが煽った、という点も一緒かもしれません)。また「年金問題が原因で厚生労働省に恨みを持つ人が多い」「キモいオタクは理解不能な行動に走る」など、事実を追うよりもステレオタイプに沿って情報の取捨選択が行われたという点も似ているでしょう。どうも人間の脳は、「衝撃的だけれど、あり得そうなストーリー」というものに弱いようです。

まったく無関係ないくつかの要素をつなぎあわせ、自分がよく知っているものに見立ててしまうという行為は、何も最近始まったことではありません。その最も良い例が星座でしょう。星々自体には何の関連性もないのに、人間の姿に見えるというだけでそこに意味を見出してしまう。あるいは逆に、一度意味を見出すともうそれ以外の姿には見えない。様々な情報をつむいで1つのストーリーを仕立てる時も、夜空に星座を見るのと同じ動きが、脳の中で起きているのではないでしょうか。

問題は、ネット時代になって情報という「星」の数が大量に増えてしまったことです。やろうと思えば、自分が見たい姿に合う情報を引っ張り出して、新しい「星座」を創造することは簡単にできてしまいます。「こりゃ興味深い、やっぱり思った通りだ」と感じたストーリーほど、疑いの気持ちを忘れないでいることができるかどうか。そんな態度が要求されている時代なのだと思います。

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