この冬、必読の一冊『グランズウェル』
翔泳社から『グランズウェル ソーシャルテクノロジーによる企業戦略』が発売されるということで、訳者の伊東奈美子さんから1冊ご献本いただきました(伊東さんは以前AMNの立ち上げに参画されており、そのご縁で頂いた次第です)。原書は以前、Polar Bear Blog の方でご紹介したことがあるのですが、邦訳出版記念(?)ということで、改めてコメントを。
Polar Bear Blog でも書いた通り、グランズウェル(groundswell)とは「うねり」や「高まり」といった意味の単語で、この本の中ではソーシャル技術が可能にした「集団としての人々の力(が高まりつつある状況)」のことを示しています。その力や状況を企業活動にどう活用すべきか、平たく言えば「ブログやSNS、YouTube とどう付き合うか?」という話が本書のテーマなのですが、類書のようにテクノロジーに視線を奪われていないのが『グランズウェル』の優れている点です。そもそも「人々の動き」を意味する言葉をタイトルにしていることにも、本書がどのような姿勢を取っているかが現れているでしょう。
この点については、伊東さんが「訳者あとがき」で端的にまとめて下さっていますので、そちらを引用しておきたいと思います:
ソーシャルテクノロジーによって結ばれた人々は、ブログで商品を語り、ウィキペディアで企業を定義し、サポートフォーラムで助け合うようになった。カスタマーレビューは商品の購入率に大きな影響を与え、SNSではクチコミが新しいヒットを生み出している。これは多くの人が肌で感じている変化ではないだろうか。この変化はアメリカや日本だけではなく、世界中で進行しており、その影響はあらゆる産業に及んでいる。この“社会動向”を本書はグランズウェル(大きなうねり)と呼ぶ。本書によれば、これは一過性のトレンドではなく、不可逆の変化だ。
未知のものは恐ろしい。多くの企業が、グランズウェルを脅威とみなしているのはそのためだ。テクノロジーはめまぐるしく変わる。そのスピードに圧倒される企業も多いが、重要なのはテクノロジーではなく、テクノロジーが生み出している「関係」に焦点を合わせ、「グランズウェル的思考」を身につけることだと本書は説く。ソーシャルテクノロジーは人々の態度や購買行動にどんな影響を与えているのか、これらのテクノロジーを導入することで、企業はどんな影響を受けるのか、どんな利益とリスクがあるのか――本書は、そうした問いへの答えを提供してくれるだろう。
重要なのはテクノロジーではなく、テクノロジーが生み出している「関係」――本書の主張の核となるのは、まさしくこの点であり、テクノロジーの解説はあくまでも従属的な位置に置かれています。僕は WEB2.0 やエンタープライズ2.0系の話で様々なお話を伺う機会が多いのですが、以前は「最近話題の~って知ってる?あれ使えるの?」「社内にSNSを入れれば、何かイノベーションが生まれるんじゃない?」という雰囲気だったのが、最近では「ツールはツールでしかない」「ユーザーや組織の行動が、それによってどう変わるかまでデザインしないと」といった議論が主流になってきているように感じています。恐らく『グランズウェル』を手にして、「ちょうどこんな本が読みたいと思っていたんだよ」と感じる方は多いのではないでしょうか。
もちろん『グランズウェル』が提示しているメソッドは、あくまで著者たちが最適と考える方法です。特に日本での状況には、そのまま当てはめられない話も多いでしょう。しかし議論の出発点として、または戦略の土台として、格好の素材になってくれると感じています。単なる机上の空論では終わらず、様々な事例も取り上げられていますので、本書の意見に賛同する・しないを問わずこの冬必読の一冊になると思いますよ。
……こんなことを言うと伊東さんに怒られてしまいますが、実は本音を言うと、この本を翻訳するのはもう少し後にして欲しかったなぁと思っています。ここから取ったネタを紹介して「へぇー!」と感心されること、結構多かったので(笑)