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路上の2ちゃんねる

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早川書房の方から、最近出版された『となりの車線はなぜスイスイ進むのか?――交通の科学 』という本をいただきました。まだ最初の方を読んだだけなのですが、なかなか興味深い内容です。タイトルの通り、自動車の運転や渋滞など交通に関する様々なテーマを扱っているのですが、むしろ「交通を通して人間を考える本」と言った方が正しいでしょう。なにしろ交通問題はローマ時代から存在していたそうですから、それを通じて人間の本質といったものが見えてきます。

例えばこんな事例はどうでしょうか。名付けて「クルマの運転=ネットへの匿名参加」論です:

交差点で停車するコンバーチブルを対象にしたある調査がある。その車の前には、別の関係者の車が停まっている。信号が青になっても、前の車はわざと発進しない。後ろのコンバーチブルが、クラクションを鳴らし始めるまでにどれくらい我慢できるか、何度くらい鳴らすか、どれくらい長く鳴らすかを調べたのである。その結果、コンバーチブルのトップ(屋根)を下げて開放的にしているときの方が、被験者は長く我慢し、鳴らす回数も少なく、鳴らす時間も短かった。トップを下げた方が気持ちがよいのでもともと機嫌がよかったためとも考えられるが、トップを上げて密閉性を高めたことによる匿名性の高まりの影響も考えられる。

道路上では、いわばオンラインのチャットルームに偽名で参加しているようなものだ。自分のアイデンティティを失い、「ハンドルネーム」(道路上のナンバープレートと同じだ)しか知らない相手に囲まれていると、日常のくびきから解放される。心理学者らはこのことを、「オンライン脱抑止効果」と呼んでいる。自動車の中にいるときと同じく、人は仮想世界の匿名性をまとって、ついに素に戻れるのだ。

「クルマの運転は、ネット上の掲示板やチャットに匿名で参加するのと一緒」というのはなかなか変わった発想ですが、確かに似ている部分があるかもしれません。どちらも調べようと思えば個人を特定することはできるものの、通常は見かけ上で区別することしかできず、参加者はお互いの素性を知らぬまま交流することになります。「ハンドルを持つと人格が変わる」という人がいたり、「ネット上では激しい口調で書込みを行っているのに、普段は物静か」という人がいるという点も似ているかもしれません。

もちろんアナロジーを信じ込んでしまうことは危険ですが、もしかしたら交通安全を守る施策と、「炎上」を防ぐ方策は、お互いに参考にし合うことが可能なのかもしれません。加熱した議論をスローダウンさせるだめに、掲示板という「路上」に意図的なバンプを作り出すにはどうしたら良いか、コミュニティ運営者が交通問題の専門家に話を聴くなんてケースが生まれたりしてね。

……もしくは逆に、「匿名状態で路上を走れるなんてけしからん!全てのクルマに電光掲示板を標準装備して、運転中のドライバーの本名を(免許証から読み取って?)表示しないとエンジンがかからないようにせよ!」なんて議論が登場したりして。

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